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 教会暦(Church Year)

待降節(たいこうせつ/Advent アドベント)

教会暦は待降節(アドベント)から始まります。待降節は、1225日の降誕日(クリスマス)の4週間前の日曜日から始まり、降誕日前日まで続きます。

アドベントの意味は「到来」で、救い主の到来を待ち望む準備の
4週間です。最初の日曜日は私たちに、キリストが人々の間にご臨在されることによって人々を救うために来られたことを思い起こさせ、生活の全てをキリストに頼ることの大切さを教えます。ですから、待降節の色は紫で、悔い改めを示しています。


降誕節(こうたんせつ/Christmas クリスマス)

12月25日の降誕日(クリスマス)から1月6日の顕現日の前日までは降誕節になります。

イエス・キリストの誕生日は特定されていませんが、紀元前6年または5年にユダヤのベツレヘムでお生まれになったことははっきりしています。

イエス・キリストの誕生の700年前に預言者ミカはこの様に預言しています。「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ書5章2節)
この聖書の預言通りに救い主はベツレヘムで誕生されました。

クリスマスに飾られるクリスマスツリーの起源は、中世の宗教改革者マルチン・ルター博士(1483−1546)だと言われています。彼は礼拝の帰りに常緑樹の間から見える星空の美しさを自分の子供にも見せたい、と言う気持ちから、小さなモミの木を家の中に持ち込み、木が燃えないよう枝の先端に星の光をイメージした小さなろうそくを灯したのが始まりだそうです。



顕現日(けんげんび/Epiphany)

16の顕現日はキリスト教の祝日の一つです。顕現日は、東方の博士たちがクリスマスに誕生された救い主キリストを礼拝に来たことに由来し、人となられた神様が自ら御自分を全世界の人々の前に顕(あきら)かに現された日です。

キリスト教会が16日の顕現日を祝日と定めている理由は、かつてこの16日がギリシャ正教会やロシヤ正教会などの東方教会のクリスマスであった歴史的な事実によります。一方ローマ・カトリックを中心とした西方教会のクリスマスは私たちが祝っている1225日です。それで西方教会と東方教会は古い昔、クリスマスの日を統一しようと協議したのですが、神学的理解が異なるために統一できず、結局1225日から16日までの間をクリスマスとして祝うことになったことによります。


顕現節(けんげんせつ)

顕現日は16日ですが、12〜8日の間の1月6日に近い日曜日が顕現主日となります。
顕現節は顕現主日から始まり、次の週の主の洗礼日を経て、四旬節の始まる灰の水曜日の前日まで続きます。


灰の水曜日(はいのすいようび/Ash Wednesday)

四旬節(受難節・レント)の最初の日は水曜日で、特に「灰の水曜日」と呼ばれます。なぜ灰の日と呼ぶのでしょうか? それは、この日にキリスト教徒が教会で額に灰で十字架の印をつけた儀式からきています。初期キリスト教時代、信徒は粗末な衣服をまとい、ちり(塵)と灰の上に座り、それを頭にふりかけながら、断食を行ったとあります。その後、灰の上に座る代りに額に灰をつける習慣に変わりました。

灰は前年の棕櫚の日曜日に使った椰子の葉を燃やして作ります。牧師は親指で灰を取り、礼拝者の額に「
人よ、あなたは塵から造られたから、塵に帰ることを忘れずにいなさい。」といいながら十字のしるしをつけます。この言葉は創世記
319節の「あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」から取られており、私たちが日頃忘れがちである人間存在の本質を再認識させます。

灰は動植物の燃えた後にわずかに残される、色も形もないのこりかすであり、ユダヤ教の伝統では土から造られた人間のはかなさを想起させるしるしとされています。灰の塗布は、自らの罪を謙虚に認め、神に対して回心して、福音を信じてよき生活をしていきなさいという促しのためです。


四旬節(しじゅんせつ/Lent)

四旬節(英語でレントLent、ラテン語でクァドラジェシマQuadragesima)は受難節、大斎節(たいさいせつ、聖公会)とも呼ばれますが、復活祭を準備するための四十日の期間を指します。ラテン語Quadragesimaは四十を意味する言葉、英語のlentはその訳語として用いられましたが、語源は古英語lenctenないしlenchthenは「日が伸びる、春」の意味であって、もとはキリスト教とは無関係の言葉でした。四十日は、モーセ、エリヤ、キリストの四十日間の祈りと断食(マルコの福音書1章:13節参照)にちなんでいます。

イエス・キリストが十字架での死から甦(よみがえ)られた復活祭に備える悔い改め期間であると同時に、受洗志願者と堅信者の準備の期間であり、また信仰者にとってはその信仰を新たにし、神との正しい関係に戻る期間です。「四旬節を失う者は、その一年を失う」と言われるほどに、大切に見なされてきました。

復活祭(イースター)の一週間前は特に受難週と呼ばれます。


棕櫚の主日(しゅろのしゅじつ)/枝の主日(えだのしゅじつ/Palm Sunday)

復活祭(イースター)の一週間前、四旬節最後の日曜日は棕櫚の主日/枝の主日と呼ばれます。

イエス・キリストは過越しの祭りに参加されるため、預言に従い、ろばの子に乗ってエルサレムに入城されたました。その時、人々は自分の上着や木の枝を切って地面に敷き、「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。」と叫んで、イエス様を待望の王様としてお迎えしました。棕櫚の主日は十字架へと進まれるイエス様のエルサレム入城を記念して行われます。この日はシュロの葉を持って礼拝いたします。

この
棕櫚の主日よりイエス・キリストが十字架にかかられる受難週が始まります。


受難週(じゅなんしゅう/Holy Week)

復活祭の一週間前の棕櫚の主日よりイエス・キリストが十字架にかかられた受難週が始まります。カトリックでは聖週間(せいしゅうかん)と呼びます

受難週の一週間の間には、イエス様がへりくだることを教えるために弟子たちの足を洗い、最後の晩餐を行われた洗足木曜日(Maundy Thursday、イエス様が十字架にかかられ、私たちの罪のために身代わりになって死なれた聖金曜日(Good Friday)/受難日があります。



復活祭(ふっかつさい/Easter イースター)

イエス様は無実にもかかわらず、金曜日の日没から始まるユダヤ教の過越の祭りの直前、午前9時から十字架刑に掛けられて午後3時に亡くなられ、その日の日没前にお墓に葬られました。

これは神様のご計画によるもので、私たち全ての人の罪を背負った身代わりの死でした。そして預言の通り、三日目の日曜日の早朝、墓から復活されました。この復活によってイエス・キリストの弟子達は、キリストがまことの人間であり、同時にまことの神であることを漸く信じられるようになり、キリスト教が始まりました。キリスト教会はその誕生の原点であるイエス・キリストの復活を最大の喜びを持ってお祝いするのが復活祭です。


復活祭は日付の固定しない祝日で、3月21日(春分の日)当日、あるいはそれ以降の最初の暦上の満月(新月から数えて14日目)を過ぎたあとの最初の日曜日が復活祭になります。


昇天主日(しょうてんしゅじつ/Ascension Day)

十字架上で死んで葬られたイエス・キリストは3日目に復活し、40日間弟子たちと共に過ごされた後、エルサレム郊外のオリーブ山のベタニヤの近くで弟子たちが見ている間に天に上げられ、雲に包まれて、見えなくなりました。昇天主日礼拝ではこのことを記念して礼拝します。


聖霊降臨祭(五旬節/Pentecost ペンテコステ

聖霊降臨祭は教会の誕生日です。十字架上で死んで葬られたイエス・キリストは3日目に復活し、40日間弟子たちに現われ昇天されました。それから10日後、つまり、復活後50日目に、なんとキリストの弟子たちの上に嵐のような音と共に炎の形をした聖霊がくだり、弟子たちは聖霊に満たされて様々な国の言葉で話し出し、教会が誕生しました。


再び待降節(アドベント)に入り、教会暦の新しい一年が始まります。

アドベントの意味は「到来」で、救い主の到来を待ち望む準備の4週間です。最初の日曜日は私たちに、キリストが人々の間にご臨在されることによって人々を救うために来られたことを思い起こさせ、生活の全てをキリストに頼ることの大切さを教えます。ですから、待降節の色は紫で、悔い改めを示しています。