公平な神
服や靴を買う時に必要なことのひとつは、サイズが合っているかどうかです。
靴のサイズが25cmの人に、23cmの靴をさしあげても履けません。
27cmの靴をさしあげたら、履くことはできてもきちんと歩けないでしょう。
23cmのサイズの人には、23cmの靴が
25cmのサイズの人には、25cmの靴が
27cmのサイズの人には、27cmの靴が必要なのです。
ですから、これら3人の人に公平に靴を差し上げるとしたら
3つのサイズの平均の25cmの靴を、3足買って来るのではなく、
23cmの靴を1足、25cmの靴を1足、27cmの靴を1足、
という具合に、各サイズごとに1足ずつ買ってくる必要があります。
そして、それぞれにあったサイズの靴を差し上げるのです。
23cmの足の人が、27cmの足の人の靴を見て
「彼の靴の方が大きくてずるい」とは、言わないでしょう。
27cmの足の人は、大きい靴でないと履けないからです。
公平ということは、みんなにまったく同じものをあげるということではないのです。
それぞれに合ったものをあげて、公平になります。
神の私達に対する恵みも、同じです。
みんなに同じものを与えられるのでは、ありません。
各人に、最適なものを与えて下さるのです。
ですから、人それぞれになってくるのです。それぞれに異なるのです。
違うからと言って、神が人を分け隔てなさっているのではないのです。
神はあの人だけ特別に祝福して差別している、というのではありません。
神が、それぞれに応じた最善を、それぞれの人になさっておられるだけです。
私達は、誰一人神から愛されていないという人はいないのです。
すべての人が、限りない愛で、神に愛されているのです。
その愛を、受け取ることこそが、私たちに求められていることなのです。
「私なんか神に愛されていないんだ」と言える人は、一人もいないのです。
【今日の聖書】
御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。
それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。
世がわたしたちを知らないのは、御父を知らなかったからです。
ヨハネの手紙一 3章1節