今日のできごと


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2017/10/27(金)



神が見ておられる

 私たちは、しばしば人に誤解されることがあります。
 誤解されたままだと、場合によっては冤罪で罪に定められてしまう
 こともあります。

 そういった場合、まず考えるのが弁明です。
 どこでどうやって弁明するかを、考えます。
 そうしないと、やってもいない罪に定められてしまうからです。

 ひとりでは難しそうな場合、理解してくれる人を探します。
 理解してくれる人が誰もいない場合、弁明をひとりでしなくてはなりません。
 ひとりで弁明するのは、難しいものがあります。

 特に相手が複数の場合、数に負けてしまうのです。
 弁明の機会がなかったり、弁明がうまくいかないと、
 誤解が解けずに、そのまま残ってしまいます。

 その誤解は、単にひとりだけにとどまらず、噂として広がって
 周囲にも及び、多くの人々から誤解を受けることになります。
 それは本当に悲しい状況です。

 名誉棄損の状態です。しかし、それが証明できないのです。
 そして人々は、誤解の入った先入観で対応してくるのです。
 本来受けられるものが受けられなかったり、持っていたものを奪われたりします。

 けれども、神は決して誤解などされません。それどころか、
 私自身が気づいていないところまで、ことごとくご存知なのです。
 神は全知全能です。全部知っておられるのです。

 やってないことを、やったと思われている、
 やったのに、やってないと思われている、
 そのような誤解されている事実までも、知っておられるのです。

 更には、誤解されて傷つき悩み、悲しんでいる事実まで
 すべて知っておられるのです。神は見ておられます。
 しっかりと、すべてをことごとく見ておられるのです。

 すべてをご存知の神に、私たちは祈ります。
 決して誤解した人に、報復はしないのです。
 神からの解決を、待ち望みます。

 【今日の聖書】
 どこにも主の目は注がれ
 善人をも悪人をも見ておられる。
 箴言 15章3節


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