パウロの救いの証しA
1.パウロはカイサリアで王たちの前で証しの機会を得た
パウロは、アグリッパ王とベルニケがフェストゥスに敬意を表するために
カイサリアに来た時、彼らに対して自分自身の救われた経緯を語っています。
アグリッパがパウロに、「お前は自分のことを話してよい」と言ったので語ったのです。
アグリッパはパウロに、「お前は自分のことを話してよい」と言った。
そこで、パウロは手を差し伸べて弁明した。
使徒言行録 26章1節
2.パウロは救いの証しを語った
2.1 パウロは救われる前のことをまず語った
パウロはまず、自分がイエスに大いに反対していたことを語ります。
実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。
使徒言行録 26章9節
そして、多くのイエスを信じる者たちを牢に入れたり
死刑に賛成したりしていたことを、語るのです。
そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて
多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をしたのです。
使徒言行録 26章10節
激しく怒り狂って、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたと語ります。
また、至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを冒涜するように強制し、
彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです。」
使徒言行録 26章11節
2.2 パウロはイエスと出会ったときのことを語った
その後パウロは、イエスとの出会いを語ります。
まず、天からの光に照らされたことを語るのです。
「こうして、私は祭司長たちから権限を委任されて、
ダマスコへ向かったのですが、その途中、真昼のことです。
王よ、私は天からの光を見たのです。
それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました。
使徒言行録 26章12〜13節
続いて、声が聞こえたことを語ります。
私たちが皆地に倒れたとき、
『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。
とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う』と、
私にヘブライ語で語りかける声を聞きました。
使徒言行録 26章14節
その声の主は、イエスだったと語ります。
私が、『主よ、あなたはどなたですか』と申しますと、主は言われました。
『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
使徒言行録 26章15節
2.3 パウロはイエスから告げられた自分自身の使命について語った
パウロはさらにイエスから、イエスの証人とされたことを伝えます。
起き上がれ。自分の足で立て。
わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、
そして、これからわたしが示そうとすることについて、
あなたを奉仕者、また証人にするためである。
使徒言行録 26章16節
そしてパウロがユダヤ人だけでなく、異邦人にも遣わされることになった
ということを、語るのです。
わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。
それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、
こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、
聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』」
使徒言行録 26章17〜18節
3.パウロは与えられた証しの機会を逃さなかった
パウロはカイサリアで、アグリッパ王とベルニケがフェストゥスの前で
自分自身について語っても良いと許可を得て、証しの機会を得ました。
パウロはその機会を逃さず、しっかりとイエスとの出会いを語ったのです。
権威ある王たちの前だからと言って、躊躇することなく
顔色を伺うこともなく、大胆に自分自身の体験を語っているのです。
さらにパウロは、イエス・キリストの苦難と復活を語ります。
「アグリッパ王よ、こういう次第で、私は天から示されたことに背かず、
ダマスコにいる人々を初めとして、エルサレムの人々とユダヤ全土の人々、
そして異邦人に対して、悔い改めて神に立ち帰り、
悔い改めにふさわしい行いをするようにと伝えました。
そのためにユダヤ人たちは、神殿の境内にいた私を捕らえて殺そうとしたのです。
ところで、私は神からの助けを今日までいただいて、固く立ち、
小さな者にも大きな者にも証しをしてきましたが、
預言者たちやモーセが必ず起こると語ったこと以外には、
何一つ述べていません。
つまり私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、
民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです。」
使徒言行録 26章19〜23節
むすび.パウロは聖霊によって臆することなく大胆に語っていた
パウロのように、たとえ王のような権威のある人の前に出て語るような
そんな機会が与えられたとしても、少しも躊躇することなく
大胆にイエス・キリストの証しを、していくものとなっていきたいと願います。
そのために必要なことはただ一つ、聖霊の満たしです。
聖霊は私たちの臆病を取り除き、大胆に語る力を与えるからです。
とするならば、私達が求めるのは聖霊の満たしということになります。
【今日の聖書】
パウロは言った。
「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、
今日この話を聞いてくださるすべての方が、
私のようになってくださることを神に祈ります。
このように鎖につながれることは別ですが。」
使徒言行録 26章29節