パウロは罪人の中で最たる者
1.「わたしは罪人の中で最たる者です」
パウロはテモテへの手紙に、
「わたしは、その罪人の中で最たる者です。」と記しています。
「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、
そのまま受け入れるに値します。
わたしは、その罪人の中で最たる者です。
テモテへの手紙一 1章15節
2.「以前わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした」
なぜパウロは、自分自身を罪人の中で最たる者と語っているのでしょうか?
その理由は、この言葉の前に書いてあります。
以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。
しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました。
テモテへの手紙一 1章13節
「以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。」
とパウロは語っています。
そしてそれは、「信じていないとき知らずに行ったこと」だというのです。
3.パウロは教会を迫害していたことで罪人の中で最たる者と自認していた
パウロが、「イエスを信じる前に行なっていた迫害や暴力」というのであれば
まさにステファノの殉教に続く、エルサレム教会などへの迫害のことになります。
暴力的に家々に押し入っては、男女の信徒を引きずり出して投獄していました。
一方、サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、
男女を問わず引き出して牢に送っていた。
使徒言行録 8章3節
このような、イエスを信じる者たちに対する迫害を
暴力的に行なっていた過去があったので、パウロは自分自身を
罪人の最たる者と自認して、そのように告白していたのです。
むすび.罪人の最たる者が憐れみと恵みを受けた
パウロは、キリストの教会の迫害者であり
そのことを通して、神を冒涜する行為をしていたのです。
知らずに行っていたといっても、その行為自体は罪の行為であり大きな悪でした。
ところがそんな大きな罪を犯していたにもかかわらず、神はパウロを憐れんで下さり
パウロに神の大きな恵みを、イエスを信じる信仰と愛と共に
あふれるほど、与えられたのです。
そして、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる
信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。
テモテへの手紙一 1章14節
それは、パウロが「イエスを信じて永遠の命を得ようとしている人々」の
手本となるためだったのです。
しかし、わたしが憐れみを受けたのは、
キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、
わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。
テモテへの手紙一 1章16節
「こんなに罪深い私が、神の恵みを受けることなどあり得ない」
「神は私の罪はゆるして下さらない」
「もう私は赦されない」と、考えている人々に対して
「わたしも教会を迫害し暴力行為をしていたのに、救われました」と
パウロ自身が、証しになるようにされたのです。
パウロは、どんなに罪深い人でも救われるんだという生きた証人とされたのです。
【今日の聖書】
「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」
という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。
わたしは、その罪人の中で最たる者です。
テモテへの手紙一 1章15節