今日のできごと


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2022/9/20(火)

 

重荷をおろして十字架を担う人生

1.キリストの元に罪の重荷を下ろす

 罪を犯すと、罪責感という重荷を負うことになります。
 罪を隠し続けたり嘘をつき続けると、良心の呵責に耐えられなくなります。
 イエス・キリストは、そんな罪責感や良心の呵責という重荷をすべて解決してくださいます。

 私たちのすべての罪を、十字架の血潮によって清め赦してくださるのです。
 もはや私たちは、罪責感を抱くこともなく罪を隠し続けて良心の呵責に悩まされることなく
 キリストの赦しの中を、光の中を歩んでいくことになります。

2.自分の十字架を担ってキリストに従う

 重荷をおろして身軽になった私たちは、今度は別のものを背負うことになります。
 キリストに従う者は、自分の十字架を担って従いなさいと言われています。
 自分自身の「十字架」を背負うのです。

 また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、
 わたしにふさわしくない。
 マタイによる福音書 10章38節

3.自分を捨て自分に死んでキリストに従う

 十字架を背負うとは、どういうことを言うのでしょうか?
 イエスは、「自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」
 と弟子たちに言われています。

 十字架は言うまでもなく、死刑のための道具です。
 十字架について、イエスは死なれました。
 私達もまた、自分自身を十字架につけて自分に死んで着いて行くのです。

 それから、弟子たちに言われた。
 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、
 自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
 マタイによる福音書 16章24節

むすび.罪を捨て自分に死んで主に従う

 罪や罪のために背負ってしまった重荷は、主の元におろします。
 そして、今度は自分を捨てて自分の十字架を担うのです。
 日々自分に死んで、自分の十字架を背負って主に従っていくのです。

 【今日の聖書】
 疲れた者、重荷を負う者は、
 だれでもわたしのもとに来なさい。
 休ませてあげよう。
 マタイによる福音書 11章28節


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