苦しみがあるからこそ慰められる
1.慰めが必要なのは苦しい時
神からの慰めは、どういう状況で受けるでしょうか?
楽しくてたまらない時、慰めは不要です。
万事が順調にいっている時も、慰めは不要です。
慰めが必要な時は、苦しんでいる時です。
苦しみの時に必要なのは、批判でも諫める言葉でもなく
慰めです。苦しみが大きければ大きいほど、慰めが必要なのです。
2.苦しみは慰めの前提条件
私たちが神の慰めを体験する必要があるなら、苦しみも必要となります。
苦しみは、慰めを受けるための前提条件となるのです。
とするならば、苦しみというのは実は不幸ではなくて、
神からの慰めを受ける、またとないチャンスになるはずです。
苦しみを全く受けないとすれば、慰めも全く受けず
神の慰めを知らないまま、人生を生きることになってしまうのです。
3.自分が慰めを体験していれば、人をより深く慰めることができる
苦しんでいる人を、同じ気持ちになってより深く慰めるためには、
自分自身が、それと同じ苦しみの中で「神から慰められた」
という経験が必要になります。その体験が、大いに役立つことになるのです
神の慰めを受け取ったからこそ、同じ苦しみにあっている人を
慰めることができるのです。苦しむことは辛いことではありますが
苦しみは、神からの慰めを受ける、またとない機会となるのです。
【今日の聖書】
神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、
わたしたちも神からいただくこの慰めによって、
あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。
コリントの信徒への手紙二 1章4節