アブラハムの旅程その1
1.カナンの地のシケムへ
1.1 ウルからハラン
アブラハム(当時の名はアブラム)は、元々カルデヤのウルに住んでいましたが、
一族とともに、そこからハランに移動します。
テラは、息子アブラムと、ハランの息子で自分の孫であるロト、
および息子アブラムの妻で自分の嫁であるサライを連れて、
カルデアのウルを出発し、カナン地方に向かった。
彼らはハランまで来ると、そこにとどまった。
創世記 11章31節
アブラハムの父テラが、息子アブラムと、息子ハランの子ロトたちを
連れてカルデアのウルを出発し、カナン地方に向かいます。
途中のハランまで来ると、そこにとどまったと記されています。
1.2 ハラン出立
アブラハムは、ハランで主の言葉を受けます。
主はアブラムに言われた。
「あなたは生まれ故郷
父の家を離れて
わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし
あなたを祝福し、あなたの名を高める
祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し
あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて
あなたによって祝福に入る。」
創世記 12章1〜3節
アブラハムは主の言葉に従い、ハランから旅立ちます。
アブラハムがハランを出発したのは、75歳の時です。
アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。
アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。
創世記 12章4節
1.3 ハランからシケム
その後、シケムのモレの樫の木まで来ます。
アブラムはその地を通り、シケムの聖所、モレの樫の木まで来た。
当時、その地方にはカナン人が住んでいた。
創世記 12章6節
聖書には「モレの樫の木まで来た」と、あっさり書かれていますが、
ハランからシケムまでは、現在の道路で800キロ以上の距離です。
(シケムを現在のテル・エル・バラータとした場合)
東海道53次は約490キロですが、そこを2週間程度で歩いたと言われています。
490÷14=35で、日に35キロ歩いた計算になります。
起伏の激しいところや、関所も通らなければなりませんでしたので
日に40キロ歩く場合もあったのかもしれません。
仮にアブラハムたちが、1日に40キロ歩けたとしても
シケムまでは、20日休みなく歩き続けてもまだ着かない距離です。
家族全員で、財産をすべて持ったままで移動するわけですから、
1日に動ける距離は、30キロも行かなかったのではないでしょうか?
ということは、数か月にわたる旅をアブラハムたちはしたことになります。
むすび.1 信仰には、勇気と覚悟と行動が伴う
いずれにせよアブラハムの旅程は、相当な遠距離だったわけです。
それもひとりではなく、一族で全財産をかかえて移動するのです。
相当な覚悟が必要であり、また移動中もリスクは高かったと思われます。
どんな危険が待ち受けているか、わかりませんし
水や食糧はじめ、生活必需品が欠乏する可能性もあったわけです。
しかしアブラハムは主の声に従い、リスクを覚悟して進んでいます。
信仰には、勇気と覚悟と行動が伴うのです。
「信じただけで、主の声に従う勇気も覚悟もありません
主の声に従った行動などしません」ということはなかったのです。
【今日の聖書】
信仰によって、アブラハムは、
自分が財産として受け継ぐことになる土地に
出て行くように召し出されると、
これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。
ヘブライ人への手紙 11章8節