快適なエデンの園
1.体に良い果物を自由に食べることができた
神は最初の人を、エデンの園におかれました。
主なる神は、
東の方のエデンに園を設け、
自ら形づくった人をそこに置かれた。
創世記 2章8節
エデンの園では、木の実が食物として与えられていました。
主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。
ただし、善悪の知識の木からは、
決して食べてはならない。
食べると必ず死んでしまう。」
創世記 2章16〜17節
善悪の知識の木以外のすべての木になる実が、与えられていました。
その木に関しては、見るからに好ましく、
食べるに良いものをもたらす、あらゆる木と説明されています。
主なる神は、見るからに好ましく、
食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、
また園の中央には、
命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。
創世記 2章9節
ですから人は、ただ木の実を取って食べるだけで良かったのです。
今のように、台所で調理して料理を作って食べるのではなく
ただそこら中に生えている木から、実を取って食べればよかったのです。
当初は、今のように肉は食べ物として与えられていませんでした。
ノアの洪水の後に、神が肉食を許可されていますので
エデンの園では、果物が食事だったわけです。
そしてその果物も、今のように季節が来ないと実らないのではなく
一年中、いつでもその実がなっていたことになります。
エデンには、寒くて実が実らないような冬はなかったのです。
2.裸でいても快適に過ごすことができる気温だった
エデンでは、人は裸で生活していました。
年中、衣類を身に付けていなかったわけです。
人と妻は二人とも裸であったが、
恥ずかしがりはしなかった。
創世記 2章25節
今この日本で裸で生活しようものなら、冬の寒さで凍死してしまいます。
裸で生活できるということは、年中快適な気温であったということです。
冬がなく、雪など決して降らなかったということです。
雪どころか、雨も降らなかったことでしょう。
雨が確実に降っているのは、ノアの洪水以降です。
それ以前に雨が降った記述は、聖書にはありません。
これが天地創造の由来である。
主なる神が地と天を造られたとき、
地上にはまだ野の木も、
野の草も生えていなかった。
主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。
また土を耕す人もいなかった。
しかし、水が地下から湧き出て、
土の面をすべて潤した。
創世記 2章4〜6節
エデンの園ができて、植物が生えだした後も、
雨ではなく、水が地下から湧き出て、
土の面をすべて潤している状態が、継続していたと考えられます。
また、今のように直射日光による紫外線を身に受けることもなかった、
と考えられます。もし、直射日光が降り注ぐ環境であったなら
水滴に日光が反射して、虹ができてしまうからです。
虹ができるようになったのは、ノアの洪水以降です。
雨も降らず、直射日光も降り注がない、年中快適な温度の環境
それがエデンの園だったようです。
快適な環境であれば、汗をかく必要もありません。
人が罪を犯して、エデンの園を追い出された後は、
神からの罰として、額に汗して働くようになりましたが、
エデンでは、そもそも汗などかかずに生活できていたと思われます。
汗をかかなければ、風呂など入らずとも良いので
シャワーや入浴の必要も、なかったことでしょう。
3.どこもかしこも裸足で歩き回れる地面だった
さらに裸で生活していたということは、当然裸足だったと考えられるのです。
今、裸足で外を歩いたら、おそらく小石などでけがをしたり
泥などで、きたなく汚れてしまうことでしょう。
ところがそういうことが、エデンの園では起こり得なかったのです。
ということであれば、それは地面の様子が違っていたということになります。
どんなに歩き回っても、汚れもせず怪我もしないような状態だったのでしょう。
一体、どんな地面だったのでしょうか?
水が地下から湧き出て、土の表面をすべて潤しているならば
植物が生えていない所が、少しもなかったのではないでしょうか?
たとえば、一面、苔のような植物が生えていたらどうでしょうか?
それはまさに、天然の絨毯のようにふかふかだったことになります。
絨毯の上を歩き回るような、そんな環境だったのではないでしょうか?
そうであれば、たとえ転んだとしても怪我などしなかったでしょう。
むすび.エデンの園は想像を超える快適な住みかだった
私達は、今は家を建ててそこに住みますが、
エデンでは、家の必要がまったくなかったことがわかります。
エデンの園自体が、ひとつの大きな家のような感じです。
今のように台所がなくても、食事は毎日木の実が供給されますし
衣類がないので、収納するタンスや洗濯するための洗濯機も不要です。
エアコンも、暖房器具も不要です。第一、罪がないので戸締りが要りません。
寝室がなくても、雨が降らないということであれば
快適な外で寝ることができたわけです。
元々神は、そんな快適なエデンに、人を住まわせておられたのです。
【今日の聖書】
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、
その鼻に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。
主なる神は、東の方のエデンに園を設け、
自ら形づくった人をそこに置かれた。
創世記 2章7〜8節