今日のできごと


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2019/5/26(日)

 
ニゲラ

逃げだしたマルコを連れて行くかどうか?

1.マルコに関して意見の対立が起こった

 パウロの伝道旅行の第二回目の直前に、パウロとバルナバの間に
 意見の食い違いが起こります。
 それは、マルコを連れて行くかどうかということでした。

 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。
 しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、
 宣教に一緒に行かなかったような者は、
 連れて行くべきでないと考えた。
 使徒言行録 15章37〜38節

 バルナバは、「マルコを一緒に連れて行こう」と考えていました。
 それに対してパウロは、「前回の宣教旅行の脱落者は、連れて行くべきでない」
 と考えていました。

2.パウロはマルコは不適格と考えた

 2.1 バルナバの優しい考え

 バルナバはマルコに対して「今度は途中で脱落しないように頑張れよ」
 という、そんな気持ちだったのかもしれません。
 マルコの失敗を水に流し、マルコに対して憐れんでいるように感じられます。

 2.2 パウロの厳しい考え

 しかしパウロは、「連れて行くべきではない」という厳しい考えを持っています。

 前にパンフィリア州で自分たちから離れ、
 宣教に一緒に行かなかったような者は、
 使徒言行録 15章38節(抜粋)

 ということですので、パウロはマルコの失敗をしっかりと見つめ、
 それを根拠にして、論じていることがわかります。
 前回途中離脱したマルコにとっては、今回も耐え難い旅行だろうと認識していたようです。

 2.3 マルコが再び脱落したらどうなるか?

 「もしまたマルコが途中で脱落するようなら、皆の足を引っ張るだけで
  それは、全員の士気を挫きかねず、全体に悪影響を及ぼすだろう」
 という考えのように、感じられます。

 「脱落を繰り返してしまったら、マルコ自身もつぶれてしまうかもしれない」という
 マルコに対する配慮も、もちろんあったと思います。
 マルコにとって、このような厳しい伝道旅行は時期尚早だという判断だったのでしょう。

3.客観的に見たマルコの状況は苦難をほとんど知らない状況

 3.1 マルコの脱落後に本格的な迫害が始まっていた

 事実、第一回伝道旅行での大きな苦難は、マルコがペルゲで離脱した後に起っています。
 マルコは第一回伝道旅行におけるアンティオキアからイコニオン、
 リストラにおける厳しい迫害を、体験していなかったのです。

 3.2 第一回伝道旅行における数々の迫害

 3.2.1 アンティオキアにおける迫害

 パウロたちは、アンティオキアで初めて迫害を経験しています。

 しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、
 口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。
 使徒言行録 13章45節

 まず口汚くののしられます。
 そして、迫害されて町から追い出されてしまうのです。

 ところが、ユダヤ人は、
 神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、
 パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。
 使徒言行録 13章50節

 3.2.2 イコニオンにおける迫害

 イコニオンでも同様です。

 異邦人とユダヤ人が、指導者と一緒になって二人に乱暴を働き、
 石を投げつけようとしたとき、二人はこれに気づいて、
 リカオニア州の町であるリストラとデルベ、またその近くの地方に難を避けた。
 使徒言行録 14章5〜6節

 イコニオンでも迫害され、石を投げつけられんばかりになっているのです。
 迫害の連続なのです。

 3.2.3 リストラにおける迫害

 リストラでパウロは、石を投げつけられ瀕死の目に会わされています。
 「死んでしまったもの」と思われるほどでした。

 ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、
 群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、
 死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。
 使徒言行録 14章19節

 3.3 マルコはこれらの迫害を経験していなかった

 このような激しい迫害を、マルコは見ていなかったのです。
 それ以前に、迫害が起きる前に、既に伝道旅行から離脱していたのです。
 実際の迫害はアンティオキアから始まっていますから、マルコは見ていないのです。

 今回の旅行でも、迫害が避けられないのは火を見るよりも明らかでしたから、
 マルコを同行させることなど、とてもできないとパウロは考えていたのでしょう。
 だからパウロは「連れて行くべきでない」という考えたと思われます。

むすび.その時誰がどんな働きをすべきかは神に聴くことから始める

 A.一緒に行ってもいいじゃないかではなかった

 マルコの過去の失敗によらず、彼の今の状態が未熟であろうとどうであっても、
 伝道旅行に加えてやったらいいじゃないか、その中で訓練したらいいじゃないか
 という考えもあったかもしれませんが、それ程生易しいものではなかったのです。

 B.主の召しの重要性

 初めのメンバー選出から見てみても、違っています。
 バルナバとパウロは、名指しで主から宣教に行くことを命じられていますが、
 マルコは指名されていません。

 彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。
 「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。
 わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」
 使徒言行録 13章2節

 バルナバとサウロとマルコを、ではなかったのです。バルナバとサウロだけです。
 明確な主の召しもなく、単なる同行者として出て行ったマルコは脱落してしまったのです。
 マルコが中途離脱しても、バルナバとパウロは最後まで宣教を続けています。

 主がバルナバとパウロを選ばれたのは、主が決められていたことでした。
 主が選ばれたふたりだったからこそ、第一回伝道旅行を最後までやり遂げられたのです。
 特に名指しで指名されていなかったマルコは、脱落しているのです。

 C.祈りの中で主に聴いてから

 「同行者を連れて行ってはならない」とは言われていませんが、
 誰を連れて行くかは要注意です。
 安直に判断すると、痛い目に会うでしょう。

 外見や、能力、経験で判断することは危険です。
 「誰をどんな働きに遣わすか」ということは、人間的判断に頼ってはならないのです。
 明確な召しがある場合は別として、特に明確な召しがない場合は、まず神に祈るべきです。

 時期尚早でないか最後まで耐えられるかどうかを、しっかり見極める必要があるでしょう。
 @その時、A誰が、Bどんな働きをすべきか、ということについては、
 まず祈りの中で、神に聴くことから始めるということが必要です。

 そして、じっくりと熟慮して決断する必要があるでしょう。
 もし、マルコを第二回伝道旅行に連れて行っていたとしたら、
 フィリピにおける鞭打ちと投獄の時に、果たして彼は耐えられたでしょうか?

 【今日の聖書】
 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。
 しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、
 宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。
 使徒言行録 15章37〜38節


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