今日のできごと


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2018/1/16(火)



あってもなくても主を賛美する

 1.ヨブは非常に多くの物を持つ資産家だった

 ヨブは資産家でした。

 ウツの地にヨブという人がいた。
 無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。
 七人の息子と三人の娘を持ち、
 羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭の財産があり、
 使用人も非常に多かった。
 彼は東の国一番の富豪であった。
 ヨブ記 1章1〜3節

 羊七千匹だけでも相当な数です。これに、らくだ三千頭、
 牛五百くびき、雌ろば五百頭とくると、これは個人経営の牧場レベルではなく
 企業レベルの大規模経営牧場といっても良いほどのものです。

 実際、使用人も非常に多かったということですので、
 使用人が従業員のような、ひとつの企業のような形であったのかもしれません。
 刈り取られる羊毛の量や、絞られる乳の量も、かなりの量であったと思われます。

 2.ヨブは一切を失っても神を讃えている

 その後ヨブは、財産と子供たちを一時期にすべて失います。
 その時のヨブの言葉が、これです。

 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。
  主は与え、主は奪う。
  主の御名はほめたたえられよ。」
 ヨブ記 1章21節

 一切をなくしてもなお、主の御名をほめたたえるヨブの姿がそこにあります。
 子どもが与えられても失われてしまっても、なお神をほめたたえている、
 財産が与えられても無一文になってしまっても、なお神をほめたたえている

 そういうヨブの姿がそこにあったのです。

 3.ヨブにとっての賛美の必要条件は多くの資産や子ども達ではなかった

 ヨブにとって、財産の存在や子供の存在は、
 神を賛美するための必要不可欠な条件ではなかったのです。
 それらがすべて奪い去られても、なおヨブは神を賛美していたのです。

 考えられない程の、神への信頼と従順がそこに見出されます。
 今持っているものはすべて神が与えてくださったものだ、
 今失ってしまったものは、神が取られたものだという神への揺るぎのない信仰

 これがヨブの心の中にあったのです。
 環境に寄らず、状況に寄らず、神を讃える賛美の姿勢、
 神に従う私たちの神への賛美の模範が、ここに示されているのです。

 むすび. 失っても神を讃えていこう!

 これこそ、私たちが見習うべき信仰の模範です。
 物が満ち溢れる時だけ賛美するのではなく、失った時にも
 豊かに与えられた時と同じように、神をたたえて賛美するのです。

 【今日の聖書】
 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。
  主は与え、主は奪う。
  主の御名はほめたたえられよ。」
 ヨブ記 1章21節


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