今日のできごと


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2017/7/23(日)



大きな喜び

 ひとりの人が救われることは、天において大きな喜びがあります。
 天において喜びがあるのですから、地において私たちも
 同じように喜びます。

 しかし聖書の中には、それを素直に喜べなかった人の話が出てきます。
 放蕩に身を持ち崩したあげくの果て、父の元に帰って来た放蕩息子の
 兄です。

  29 しかし、兄は父親に言った。
 『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。
  言いつけに背いたことは一度もありません。
  それなのに、わたしが友達と宴会をするために、
  子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。
 
  30 ところが、あなたのあの息子が、
  娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、
  肥えた子牛を屠っておやりになる。』
 ルカによる福音書 15章29〜30節

 放蕩息子の悔い改めの時、兄は喜ぶどころか怒りと不満をぶつけています。
 「弟が今までどんなにひどいことをしてきたか、わかっているのですか?」
 「それなのにどうして宴会なのですか!」というのです。

  31 すると、父親は言った。
 『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。
  わたしのものは全部お前のものだ。
  32 だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。
  いなくなっていたのに見つかったのだ。
  祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」
 ルカによる福音書 15章31〜32節

 放蕩息子が帰って来たというのは、
 それ以前の生活がどうであろうと、それは
 死人が生き返ったのと同じなのだというのです。

 ひとりの人が救われるというのは、
 永遠の滅びから、永遠の命へと移されたことです。
 ですから死人が生き返ったのと同じように喜ぶのです。

 【今日の聖書】
 言っておくが、このように、
 悔い改める一人の罪人については、
 悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが
 天にある。」
 ルカによる福音書 15章7節


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