主よ、何ともお思いになりませんか!
マルタは、忙しくいろいろのもてなしのために働いていました。
マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、
そばに近寄って言った。
「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、
何ともお思いになりませんか。
手伝ってくれるようにおっしゃってください。」
ルカによる福音書 10章40節
けれども、妹のマリアは、じっと座ってイエスの語られる言葉を聞いていました。
マルタは働き、マリアは聞く、マルタは動き回り、マリアは止まっている、
マルタは次に何をするか思いを巡らし、次々に事をなしてゆく、
マリアは次にどんな話をされるのかを思い、熱心に聞く。
対照的な二人の姿が描かれています。
最も違ったことは何だったでしょうか?
心の中です。
マリヤの心の中は、イエスの言葉で一杯になっていたことでしょう。
マルタの心の中はどうだったでしょうか?
乱れていました。
原因は、多くのことに思い悩んでいたためです。
なぜこんなにわたしばっかり大変なの?マリアは何してるの?
なんで手伝わないの!イエスもそばにいるのに何も言ってくれない。
結局「何ともお思いになりませんか」という叫びが
イエスを責め立てるような言葉となって出ているのです。
動き回ってばかりいると、心が乱れます。
じっと座って、イエスの言葉を聞く時間が、なくてはならないのです。
実は動きまわるよりも、神の言葉を聞くことの方がよっぽど重要なのです。
私たちは空っぽです。何もできないのです。
神から頂かなければ、何一つ持つことはできません。
神から頂く時間を持つこと、これが何よりも大切なのです。
空っぽのまま動き回っても、時間の浪費です。
空のじょうろで、花壇に水はやれません。
まず、じょうろを水で満たすことが、必要なのです。
【今日の聖書】
主はお答えになった。
「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
しかし、必要なことはただ一つだけである。
マリアは良い方を選んだ。
それを取り上げてはならない。」
ルカによる福音書 10章41〜42節