先日、84歳になる方のお話を伺いました。
出雲神話の、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の話でした。
須佐之男命(スサノオノミコト)が、オロチを退治する話です。
出雲神話によれば、これの舞台が出雲ということです。
斐伊川(ひいかわ)沿いの、稲城が大蛇退治の本拠地で、
斐伊川沿いには、大蛇退治の伝承が多く残されているそうです。
この方のお話によると、八岐大蛇は実は蛇のことではなく
斐伊川のことで、斐伊川が洪水などで暴れるので
それを須佐之男命が、治めたのではないかということでした。
氾濫する川のことを、暴れまわる蛇にたとえた、
たとえ話だということでした。
八岐大蛇伝説を、そのように解釈する説もあるようです。
聖書はどうでしょうか?
たとえば、エデンの園で蛇がエバを誘惑します。
その蛇は、実は蛇ではなく何かをたとえたものでしょうか?
主なる神が造られた野の生き物のうちで、
最も賢いのは蛇であった。
蛇は女に言った。
「園のどの木からも食べてはいけない、
などと神は言われたのか。」
創世記 3章1節
これは、まさに蛇であって、たとえたものではありません。
ただし、単なる蛇ではなく、それは悪魔でもありました。
「蛇ではなくて悪魔」ではなく「蛇であってかつ悪魔」なのです。
この巨大な竜、年を経た蛇、
悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、
全人類を惑わす者は、投げ落とされた。
地上に投げ落とされたのである。
その使いたちも、もろともに投げ落とされた。
ヨハネの黙示録 12章9節
ヨハネの黙示録12章9節にある通り、
「巨大な竜」=「年を経た蛇」=「悪魔」=「サタン」
であって、それは「全人類を惑わす者」なのです。
この天使は、悪魔でもサタンでもある、
年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、
千年の間縛っておき、
ヨハネの黙示録 20章2節
と記されている通り、
「悪魔が蛇にたとえられている」わけでもなければ、
「蛇が悪魔にたとえられている」のでもないのです。
そして彼らを惑わした悪魔は、
火と硫黄の池に投げ込まれた。
そこにはあの獣と偽預言者がいる。そして、
この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。
ヨハネの黙示録 20章10節
そして悪魔は、最終的に火の池に投げ込まれるのです。
【今日の聖書】
何よりもまず心得てほしいのは、
聖書の預言は何一つ、
自分勝手に解釈すべきではないということです。
ペトロの手紙二 1章20節