今日のできごと
2016/12/26(月)

1.人は同時に2つのことをすることはできない
1.1 複数のことを同時にやろうとしてもできない
やらなければならないことが、溜まってしまうと精神的に圧迫されます。
ひとつのことをやっていると、もうひとつのことが思い浮かび
あれもやらないといけない、と思って集中できなくなるからです。
優先順位の高いものからやろうとするのですが、
それでももう一つの仕事が、気になります。
さらに重要ではないけれども、緊急性のある作業が入ったりして
結局、集中できません。
そうなるとずるずると伸びて行ってしまいます。
どこかで潔く、ひとつの仕事に集中する必要が出てきます。
1.2 複数の作業を同時に依頼すると作業を滞らせてしまう
誰かの作業を滞らせようと思ったら、締め切りが同じの
重要な仕事を複数依頼したり、
緊急な作業を次から次へと持っていけばいいのです。
ですから、上司は普通部下に対してそのような業務指示は出しません。
一つに集中させるのです。営業と経理は同時にはできません。
営業後に経理をさせるか、はじめから担当者を別にしておきます。
1.3 その瞬間その瞬間にひとつのことに集中する
人は2つのことを同時にすることはできないのです。
運転しながらメールを見たり、送ったりすることは
本来できないはずなのです。
もしやろうとすると、どちらかがおろそかになってしまいます。
ですから道路交通法(第71条 5の5)で禁止されているのです。
その瞬間その瞬間に、ひとつのことしか実行できないのです。
2.ヨハネ福音書は膨大な出来事からのごくわずかな抜粋
2.1 ヨハネの福音書のサマリアの女性との対話は詳しい
ヨハネ福音書の著者は、膨大な量のイエス様のなされた働きから、
思い切って重要なものだけを選び抜き、
あとは思い切って捨てています。
サマリアの女との会話は、事細かく記録されています。
すると、サマリアの女は、
「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、
どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。
ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。
イエスは答えて言われた。
「もしあなたが、神の賜物を知っており、
また、『水を飲ませてください』と言ったのが
だれであるか知っていたならば、
あなたの方からその人に頼み、
その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」
ヨハネによる福音書 4章9〜10節
イエス様が、サマリアの女性とどんな話をしたのかが
手に取るようにわかります。
ここのところは詳しいのです。
2.2 その後のイエス様の話の内容は省略
しかし、彼女の話を聞いてイエス様のもとに行った人々が
イエス様からどんな話を聞いたのかは記されていません。
その内容を、聖書から知ることはできないのです。
そして、更に多くの人々が、
イエスの言葉を聞いて信じた。
ヨハネによる福音書 4章41節
「イエスの言葉を、聞いて信じた」とだけ記されています。
イエス様の話ですから、すべてが貴重な内容だったはずです。
しかし、それらはすべて省略されているのです。
イエスのなさったことは、
このほかにも、まだたくさんある。
わたしは思う。その一つ一つを書くならば、
世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。
ヨハネによる福音書 21章25節
もしその一つ一つを書くならば、
世界もその書かれた書物を収めきれないほどになるから
省略されているのです。
3.マリアはイエス様の言葉を聞くことだけに集中した
マルタとマリアの話も有名です。
聖書を見てみましょう。
一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。
すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。
彼女にはマリアという姉妹がいた。
マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。
ルカによる福音書 10章38〜39節
マリアはイエス様の話を、集中して聞いていました。
一方、マルタはどうだったでしょうか?
マルタは、いろいろのもてなしのため
せわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。
「主よ、わたしの姉妹はわたしだけに
もてなしをさせていますが、
何ともお思いになりませんか。
手伝ってくれるようにおっしゃってください。」
ルカによる福音書 10章40節
マルタがいろいろのもてなしのため
せわしく立ち働いていたのに対して、
マリアは主の足もとに座って、話に聞き入っていました。
手伝わないことを勧めているのではなく、
マリアが、イエス様の言葉を聞くことだけに集中していたこと
そこに焦点が当たっています。
マリアにとってその時、一番必要だったのは
手伝うこと以上に、イエス様の話を聴くことだったのです。
手伝いをしたくなかったからではなく、
それ以上に重要なことを選んだことで、
大切な「おもてなし」をすることすら、脇に置いていたのです。
他のことをするのを、思い切ってやめていたのです。
むすび.神の求めておられることに集中する
私たちは、あれもしなければこれもしなければと、
多くのことをしなければならない、と考えがちですが
実際神が求めておられることは、その瞬間その瞬間ひとつのはずです。
それがわからないので、何から手を付けていけばよいか
わからなくなるのです。
私に今神様が求めておられることは何なのか?
いかにそのことに絞り込んで集中するか
それにかかっています。
だから祈りが不可欠なのです。神に聴かないと忙しくなります。
【今日の聖書】
イエスのなさったことは、
このほかにも、まだたくさんある。
わたしは思う。その一つ一つを書くならば、
世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。
ヨハネによる福音書 21章25節