出雲の神在月シリーズ その2
古事記によると、初めに国を支配していたのは
大国主命でした。
ところが
天照大御神に「国を譲れ」と言われ、国を譲り、
その代替として建てさせたのが、出雲大社ということです。
したがって、そこに祭られているのは、
大国主命です。
大国主命の所に、神々が集まって会議をするということです。
その会議で、神々が1年のことを話し合うそうです。
その会議の議案に、「男女の結婚」も含まれている関係で、
出雲が「縁結び」ということになっているそうです。
出雲空港が、
出雲縁結び空港という名称なのもそのためです。
このように神無月の10月は、その出雲大社の
大国主命の所に、
日本中の神々が集まって、会議を行うということなので、
今でも出雲大社やその周辺では、いろいろな行事が執り行われます。
出雲に神々が集まることに関するスケジュールは、
表にすると、次のようになります。(旧暦で表示)
月日はすべて旧暦です。旧暦10月10日は新暦11月9日になります。
月日 |
項目 |
内容 |
説明 |
10月1日 |
神送り |
出雲に出発 |
各家庭で、旅立つ神様にお弁当としてお餅やお赤飯を供える |
10月10日 |
神迎え |
出雲に到着 |
出雲の国・稲佐の浜で神様を迎え、出雲大社へ向かう |
10月11日 〜17日 |
神在祭
|
神議
という会議
|
出雲大社では、会議処である上宮で祭りを執り行う
神々の宿泊所となる境内の19社でも連日祭りが行われる
|
10月17日 |
神等去出祭
|
出雲大社から出発 |
出雲の国へ |
10月26日 |
第二神等去出祭
|
出雲の国から出発 |
再び出雲大社でお祭りを行う |
10月末日 |
神迎え |
帰宅 |
各家庭でお餅や作物を入れたすいとんなどを供える |
出雲では、旧暦の10月10日〜26日に神々が集合することになっています。
ですから、この時期が一番のピークを迎える時期ということになります。
各種の行事が集中します。
このことからわかるのは、出雲に集まってくる神々は、
「同時に二か所以上には存在できない」ということがわかります。
すなわち、遍在ではないということです。
1.聖書の神様は遍在−どこにでもおられる−
しかし、聖書の神様は遍在(どこにでも存在)です。
どこにでもおられます。
どこに行けば
あなたの霊から離れることができよう。
どこに逃れれば、
御顔を避けることができよう。
天に登ろうとも、
あなたはそこにいまし
陰府に身を横たえようとも
見よ、あなたはそこにいます。
曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも
あなたはそこにもいまし
御手をもってわたしを導き
右の御手をもってわたしをとらえてくださる。
わたしは言う。
「闇の中でも主はわたしを見ておられる。
夜も光がわたしを照らし出す。」
闇もあなたに比べれば闇とは言えない。
夜も昼も共に光を放ち
闇も、光も、変わるところがない。
詩編 139編7〜12節
聖書の神様は、この世界そのものを造られた神ですから、
空間も時間も超越して、存在しておられるのです。
どこにでもおられるのです。
2.聖書の神様から誰も隠れることはできない
聖書の神様は、天にも地にも、海のかなたにもおられます。
暗闇の中でも、決して神から隠れることはできないのです。
すべて、見ておられます。
聖書の神様は、天も地も満たしておられる方なのです。
エレミヤ書にも、次のように書かれています。
わたしはただ近くにいる神なのか、
と主は言われる。
わたしは遠くからの神ではないのか。
誰かが隠れ場に身を隠したなら
わたしは彼を見つけられないと言うのかと
主は言われる。
天をも地をも、わたしは満たしているではないかと
主は言われる。
エレミヤ書 23章23〜24節
誰も、神の目から隠れることはできないのです。
今こうして、この画面を見ているこの時も、
朝起きてから、夜寝るまでのすべての行動を、
神様は見ておられ、私たちひとりひとりの
心の奥底までも、すべて知っておられるのです。
神様のことを考えていてもいなくても、そうなのです。
造られたもので、
神の前で隠れおおせるものは何一つなく、
神の目には、すべてが裸であり、
さらけ出されています。
私たちはこの神に対して弁明をするのです。
ヘブライ人への手紙 4章13節
3.聖書の神様の中で人間は生きている
パウロも、同様なことを言っています。
「人間は、神の中に生きて動いているのだ」とパウロが語ったことが
使徒言行録の中に、記されています。
私たちは、神の中に生き、動き、
また存在しているのです。
あなたがたのある詩人たちも、
『私たちもまたその子孫である。』
と言ったとおりです。
使徒言行録 17章28節 (新改訳聖書)
聖書の神は、空間も、時間も造られた神です。
はじめであり終わりであるお方なのです。
空間ばかりか、時間も超越しておられるお方です。
わたしはアルファであり、オメガである。
最初の者にして、最後の者。
初めであり、終わりである。
ヨハネの黙示録 22章13節
むすび. 聖書の神様こそ本当の神
空間にも時間にも拘束されない、全知全能のお方、
それが聖書の神なのです。
聖書の神こそが、本当の神なのです。
【今日の聖書】
知れ、主こそ神であると。
主はわたしたちを造られた。
わたしたちは主のもの、その民
主に養われる羊の群れ。
詩編 100編3節