2010.7.22 ルカ9章18節~62節

イエスが一人祈っている時、弟子達に「群衆は、私のことを誰だと言ってますか。」と問いその後で「ではあなた方はどうか。」と弟子たちに聞いた。これに答えてペテロは「神のキリストです」と言った。イエスは政治的な救い主ではなく、霊的な救い→心の救い→社会的な救い主である。イエスは、政治的に利用さfれることを避け、このことを誰にも言わないようにと命じた。そして「日々自分の十字架(自我、高慢、プライド、誘惑)を負い、私についてきなさい」(23節)「自分を救う者は、命を失い、私のために失う者は、命を救われる」(聖書のパラドックス)(24節)を弟子達に話した。 

イエス、モーセ(律法を授かった人)、エリヤ(預言者の代表者)の3人が、霊の姿で現れた。イエス(ヨシュアと同語音)が来ることで、この世の中で神の国が始まった事を告げている。神の国は心の中の小さなからし種から大きく成長し、この世を変えていく。 しかし、弟子たちはこの世の悪霊も追い出せず、弟子の中で誰が一番偉いかと議論をしていた。これについて、イエスは一人の子供の手を取り、威張らない小さい子供、一番小さいもの、一番仕える者(足を洗う人)が一番偉いのですと言われた。イエスに従い付いていくことは、自分の十字架を負うこと、コストと犠牲があることを9章の中で、3回も繰り返している。

マーク・マグヌソン