ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2014年11月2日


2014年11月2日 主日礼拝説教
「すばらしい喜びの知らせ」〜イエス・キリストの生涯8. 羊飼いの礼拝〜(ルカの福音書2章8節〜20節)

■はじめに

 先回は、イエス様がベツレヘムで、しかも家畜小屋でお生まれになり、飼葉おけに寝かされたことを見ました。そのように低き所で、貧しいお姿になられたのは、神様が私たちの貧しさを知ってくださり私たちが富む者となるためのしるしでした。飼葉おけは、もう一つ別のしるしに使われます。

■恐れることはありません

8さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。9すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。

 「夜番をしながら」徹夜で野宿していた羊飼いに、不思議な輝きが現れました。「主の栄光が回りを照らした」のでした。彼らもユダヤの民でした。神様の使いが現れたことを知りました。それで恐れました。
 羊飼いは職業柄、安息日を守ることができないゆえに卑しい職業とされていました。その人たちに救い主誕生の最初の知らせがもたらされました。それは、この世に貧しく低く生まれたイエス様が、そのような者すべての救い主となられるためであったことを暗示していました。

10御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。

 「恐れることはありません。」人が神様と出会う時、そこには恐れと不安がわきあがってきます。神の御子を宿したマリヤに、御使いが「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです」(ルカ1:30)と語りかけました。マリヤの夫となることが決まっていたヨセフにも、御使いが「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい」(マタイ1:20)と告げました。バプテスマのヨハネが生まれることを告げられた父ザカリヤに、「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい」(ルカ1:13)と語られました。
 イエス様の誕生を前にして、神様は御使いを遣わして、ひとりひとりに、ていねいに「恐れることはありません」と告げました。羊飼いにも同じでした。「恐れることはありません」と。

■喜びの知らせ

 クリスマスは、神ご自身が人間に直接現れた時でした。神様が神の御子をこの世に遣わし人々を罪から救うというご計画がクリスマスの時に現実となったのでした。
 最初の人アダムとエバが罪を犯したため、その罪がすべての人類に及び、人は生まれながら罪を持つ者となってしまいました。神様は、それをもう一度ご自分のもとに帰ることができるように計画してくださいました。それがクリスマスでした。
 それは「この民全体のためのすばらしい喜び」でした。その宣言が、呼びかけが御使いから羊飼いに告げられました。神様は、求めればすぐそこにいてくださる近い所に来てくださいました。私たちの弱さ、悲しみ、苦悩、罪を知り、それをご自身が負い、そこから救い出してくださるためでした。

■きょうダビデの町で

11きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。

 「きょうダビデの町で」、新しい神様の救いの時が刻み始めました。ちょうど、天地創造の時に、神様が時を生み出し、歴史が始まったように、イエス様がベツレヘムで、家畜小屋で飼葉おけに寝かされた時から新しい歴史が始まったのでした。ですから、「きょう、お生まれになりました」という御使いのことばは、今も変わることなく私たちへのことばでもあるのです。
 そのお方は「救い主」であり、「主キリスト」です。「主」とは神様に対して用いられる尊称です。
 民全体の喜びですが、それはだれのためでもない、「あなたがたのために、救い主がお生まれになりました」。私たちの救い主になり、神として主とあがめられるという使命を帯びてみどりごは生まれました。

12あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」

 「あなたがたのためのしるし」は、飼葉おけによって見わけられます。また確かにそうであったならば、御使いが言ったことの正しさを示すことになるのです。

■平和があるように

13すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った。14「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。

 「いと高き所に、栄光が、神にあるように」、ラテン語で、「グローリヤ、イン・エクセルシス・デオ」です。この地上に、人との間に平和がもたらされるように。それは「御心にかなう人々に」です。神様のあわれみを受け、神様によって救われて人たちに、「平和な関係が与えられるように」と御使いは告げたのでした。
 まことの「平和」はいと高きところの神様がお持ちです。この世界に、神様は平和の御子をこの地上に送ってくださいました。その平和が、神様の御心にかなう人たちに、神様がお選びくださる私たち一人一人と共にいてくださる時に授かりますようにと告げたのです。

■さあ、見て来よう

 彼らは、御使いのことばをそのまま信じました。羊飼いたちはただちに行動に移しました。羊飼いたちは「さあ、見て来よう」と言って、羊をそのままにして急いで出かけました。
 羊飼いたちは救い主を捜し求めました。御使いから、飼葉おけに寝ておられるお方がそうだと教えられたとおり、人々が寝静まったいたベツレヘムの町の中、家畜小屋を一軒一軒尋ね歩き、その日に生まれたみどりご、イエス様を捜し当てました。飼葉おけに寝ておられるみどりごを見たこの時に、羊飼いは御使いのことばが確かであったこと、救い主が今日お生まれになったことを知りました。
 羊飼いたちは、御使いのこと、ここに来たことをみな知らせました。その家畜小屋にはだれがいたのでしょうか。ヨセフ、マリヤのほか、幾人かの人たちがいたでしょう。彼らは羊飼いのことばに驚きました。

■心に納めて

19しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。20羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

 「しかし」とあるように、マリヤの反応は違っていました。マリヤは「これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた」とあります。「心に納めて」は、原文で「忘れないように心の中にとどめる、覚えておく」という意味です。
 マリヤにとって、わが身に起こった不思議な出来事、処女の身で子供を宿したこと、御使いが現れ「それは聖霊によるものであり、その子は、神の子である」と告げられたこと、婚約者のヨセフにも御使いが現れて、その子が「罪を救ってくださるお方」となると告げたことなどでした。
 そして今日、羊飼いに御使いが告げたこと、「ベツレヘムで生まれ、飼葉おけに寝ておられる、この方こそ、皆が待ち望んでいたキリスト、救い主である」と言われたこと。ほかに寝かせるところがなく、近くの飼葉おけに寝かせるしかなかったみどりごさえも神様の御手のうちにあったこと。それら一つ一つを思い巡らし、確認し、自分のものとしていきました。
 イエス様は成長し、30歳になられた時、人々に神様の愛と救いを宣べ伝え始めました。やがてイエス様は捕らえられ、十字架につけられました。その十字架による死は、イエス様が犯した罪のためではない。イエス様はすべての人が犯した罪の刑罰を十字架で代わりに受けてくださったのでした。それは、私たちの罪が赦され、神様が人を創造されたその時の状態に戻すためでした。それによって人は、もう一度新しく生きることができるようになったのです。
 その救いがクリスマスに始まりました。そのことを「心に納めて」忘れないように、今週も歩んでいきたいと思います。


ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2014年11月2日