ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2011年12月25日


2011年12月25日 主日(クリスマス)礼拝説教
「あなたの王が来られる」(マタイの福音書21章1節〜11節)

■はじめに

 21章に入りました。19章からイエス様たちはユダヤ地方へ、そしてエルサレムへの旅を続けておられました。先週はエリコの町までやってきました。そこでふたりの盲人に会い、彼らの目をいやされました。
 彼らは、イエス様を「ダビデの子よ」と呼びかけました。今週は、イエス様がダビデの子として、エルサレムに入城します。しかし、イエス様と人々との王の理解は違っていました。

■ろばの子

 この日は日曜日、イエス様が十字架にかかられる5日前でした。

1それから、彼らはエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲまで来た。そのとき、イエスは、弟子をふたり使いに出して、

 イエス様たちはエリコを通り過ぎ、オリーブ山のふもと「ベテパゲ」までやってきました。オリーブ山からは、エルサレムの町を見下ろすことができます。エルサレムに入る準備を「ふたりの弟子」に命じました。イエス様は言われました。

2言われた。「向こうの村へ行きなさい。そうするとすぐに、ろばがつながれていて、いっしょにろばの子がいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。3もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです』と言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」

 イエス様は、向こうの村にろばの子がつないであるのをご存知でした。それをどうするのかと尋ねられた時に、「主がお入用なのです」と言えば、そのろばの子を貸してくれることも教えられました。
 神の子としてイエス様は、そこにろばの子がつないであったことを知っておられ、ご自分がなさろうとする時には、人の心をも動かすことのできることを弟子たちに示されました。

4これは、預言者を通して言われた事が成就するために起こったのである。5「シオンの娘に伝えなさい。『見よ。あなたの王があなたのところに来られる。柔和で、ろばの背に乗って、それも、荷物を運ぶろばの子に乗って。』」

 ゼカリヤ書9章9節のことばです。

ゼカリヤ書9:9「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」

 預言者ゼカリヤがいたころは、イスラエルの民がバビロン捕囚から解放され、都エルサレムの神殿を再建し歩み出した時でした。周りを取り巻くのは、イスラエルに敵対する国々でした。そのようなイスラエルに、ゼカリヤは新しい王様がやってくるという預言をしました。しかし、その王様は「柔和」なお方であり、馬ではなくろばに、しかも子ろばに乗って来るという預言でした。
 ろばは、馬と違って日常の仕事のために使われる家畜です。馬に乗るはずの王がろばに乗るとは、戦いをやめた平和の王を意味していました。イエス様がエルサレムにろばに乗って入城されることは、力や権力ではなく、愛と犠牲によって人々を救おうとされる王にふさわしいお姿でした。

■エルサレム入城

6そこで、弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにした。7そして、ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。

 すべてイエス様のおっしゃったとおりに事が運び、弟子たちは「ろばの子」をつれて戻ってきました。ろばには鞍がなかったので、弟子たちは自分たちの上着を脱いでろばに掛けました。そのろばの子に乗って、イエス様はゆっくりと道を進みました。人々はイエス様を迎えました。

8すると、群衆のうち大ぜいの者が、自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの人々は、木の枝を切って来て、道に敷いた。9そして、群衆は、イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでいた。「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。」

 その時エルサレムは、過越の祭りを控え、各地から集まってきた人々でにぎわっていました。ガリラヤからつき従っていた人々が中心であったでしょう。自分たちの上着を脱いで道に敷きました。それは、王を迎えることを意味していました。自分の持っているものを差し出して、その上を王が踏んでもかまわない。いや、それも喜びです、という気持ちの表れでした。
 そして木の枝を切ってきて道に敷きました。ヨハネの福音書によると、その木は「しゅろの木の枝」でした。これはなつめやしの枝のことです。新共同訳は「なつめやしの枝」と訳しています。
 彼らは、イエス様を囲むように前と後ろを進みました。熱狂して「ホサナ」と叫びました。ホサナとは「私たちを救ってください」という意味です。ホサナと叫ぶ声は、喜びの声となって響き渡りました。そして、「祝福あれ。主の御名によって来られる方に」と叫びました。それはガリラヤからついてきたたくさんの弟子たち、巡礼者の声でした。彼らは、イエス様を救い主、王として迎えました。それは、ローマから解放してくれる強い王でした。それが彼らの「ホサナ」(私たちを救ってください)の叫びでした。

■エルサレムの人たち

 しかしその騒ぎは、エルサレムの門の近くを騒がせたとしても、すぐに都は何事もなかったかのように、日常に戻ってしまうのでした。

10こうして、イエスがエルサレムに入られると、都中がこぞって騒ぎ立ち、「この方は、どういう方なのか」と言った。11群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ」と言った。

 エルサレムにいた都の人たちは、この騒々しいのは何だ、「どういう方なのか」、何が起こったのかと尋ねました。「ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ」と言われても冷やかでした。
 ですから、この日から5日目、都の人たちは、パリサイ人、律法学者の扇動によって、「十字架につけよ、十字架につけよ」と要求し、「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい」と叫び、その声によって、ついにイエス様をゴルゴタの丘の刑場へと追いやってしまうのです。
 イエス様は、そのこともご存じで、人々の移りやすい心もご存じで、ろばの子に乗りながら、人々の「ホサナ、救ってください」という叫びを聞いておられました。
 イエス様は、この何もわからない者たちのために、十字架で「彼らをお赦しください。彼らは何をしているのかわからないのです」と祈られました。その罪のために、そして私たちの罪のために。
 イエス様は「ホサナ、私たちを救ってください」という叫びを、彼らの声を、彼らの願いを、恵みにより十字架の死によって成就してくださったのです。

■クリスマス

 今日は、イエス様の誕生されたクリスマスを覚えて礼拝をささげています。このイエス様がろばの子に乗って、王として、救い主としてエルサレムの門をくぐった時から30年前、イエス様がベツレヘムに生まれた1年か2年ほどたった時、同じ門から、東のほうから来た博士たちがエルサレムに入ってきました。

マタイの福音書2:1−3「1イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」3それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。」

 この時も、博士たちが「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」がおられるとはっきりと告げたのでした。しかし、それを聞いたヘロデ王も、エルサレムの人たちの反応はにぶく、喜びではなく「恐れ惑った」のでした。
 ヘロデ王は、その子がベツレヘムに生まれたことを突き止めながら、確かめに行こうともせず、その付近にいた2歳以下の男の子を殺すという暴挙に出たのでした。
 そのうち、そんなことがあったことは全く忘れ去られ、30年たって、イエス様が「ダビデの子」救い主として立たれ、エルサレムにろばの子に乗って入城されても、一部の人に迎えられただけで、やはり大部分の人は冷ややかでした。
 イエス様は確かに、クリスマスの晩に私たちの王としてお生まれくださいました。それは、東からやってきた博士たちのことばのように明らかでした。しかし私たちの王は、力をもって従わせようとする王ではなく、柔和な王様、ろばの子に乗られたイエス様でした。「ホサナ、私たちを救ってください」という願いに、確かに答えてくださるお方なのです。
 今日クリスマスを迎えました。私たちは感謝をもって、ろばの子に乗って来られたイエス様をお迎えしたいと思います。


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