礼拝説教要旨

一人の罪人が悔い改めるなら

聖書:ルカによる福音書 15章1~7節 説教:尹 成奎 牧師 日付:2026年9月27日

今日の聖書箇所では、イエス様が罪人と食事をされたことに不満を抱くファリサイ派に対し、見失った羊のたとえを語られました。ファリサイ派は神を敬う熱心さを持っていましたが、神が罪人をなお愛しておられるという「神の心」を理解していませんでした。神は罪を憎まれますが、罪人は神に造られた尊い魂であり、悔い改めて立ち帰ることを願っておられます。

イエス様は、羊飼いが危険を冒してでも見失った一匹を探し出す姿を示されました。これは、群れの中にいる「正しい人」を軽んじるのではなく、苦しみの中にある一人を救うことこそ神の御心であることを表しています。見つけたときには喜びの宴を開くほど、神は罪人の回復を喜ばれます。

教会は正しい人が集まる場所ではなく、罪赦された者が慰めと救いを求めて集う場所です。重荷を負う人が来て、赦しと自由を味わうための場所です。神の御心は二つあります。第一に、一人の罪人が悔い改めて主に立ち帰ること。第二に、見失った一人を探しに出かけることです。

イエス様は私たちを救うために十字架の苦しみを負われました。その愛を覚え、今週も主が一人ひとりを探し求めてくださることを心に留めて歩みたいと思います。