なぜ人は死ななければならないのか
この世に産まれ出た人間は例外なく、やがて死を迎えます。
なぜ人は、死ななければならないのでしょうか?
その理由が、聖書に記されています。
神はアダムに向かって言われた。
「お前は女の声に従い
取って食べるなと命じた木から食べた。
お前のゆえに、土は呪われるものとなった。
お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
お前に対して
土は茨とあざみを生えいでさせる
野の草を食べようとするお前に。
お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵にすぎないお前は塵に返る。」
創世記 3章17〜19節
「お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵にすぎないお前は塵に返る。」
厳しい言葉です。
「あなたはやがて死ななければならない」と、宣言されてしまったのです。
アダムとエバが罪を犯したこの時から、人間に死が定められてしまったのです。
だから全世界共通、全時代共通なのです。
アダムとエバ以来、人間は罪をもって生まれてくるようになりました。
そして人間は、死ななければならなくなってしまったのです。
この肉体の死は、イエス・キリストを信じて罪が赦されてもなくなりません。
信じて赦されるというのは、自分の中から罪が消え去るというのではなく
罪が存在するのに、それをキリストの血によって覆われるということなのです。
「あたかも罪がないかのようにしてくださる」そういうことなのです。
クリスチャンになっても、罪そのものは残存しています。
だからクリスチャンになっても、罪を犯してしまうのです。
だからクリスチャンになっても、肉体の死を迎えることになるのです。
【今日の聖書】
お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵にすぎないお前は塵に返る。」
創世記 3章19節