生まれつき正しい者はいない
1.人は皆、罪人として生まれついている
聖書によると、すべての人が罪をもって生まれて来ると言われています。
次のように書いてあるとおりです。
「正しい者はいない。一人もいない。
ローマの信徒への手紙 3章10節
生まれつき正しい者はいない、というのです。
誰もが神を無視した状態で、自己中心な者として生まれ
そして罪を犯しながら、生きているというのです。
簡単に行ってしまえば、「まともな人間は誰一人としていない」ということです。
すべての人間が、「とんでもない罪を犯す可能性を持っている」ということなのです。
世界中の全員が、「どうしようもない罪人だ」というのです。
「あなたはまともじゃないですよ」
「とんでもない罪を犯す可能性を持っている、どうしようもない罪人ですよ」
「最後には地獄で滅ぼされなければならない、最悪のレベルなんですよ」というのです。
2.犯罪者だけが罪人なのではない
事実社会では、凶悪な犯罪や恐ろしい事件がしばしば起きています。
それは、凶悪な罪を心に持っているからそれが行動に出ているだけなのです。
そしてそのような恐ろしい罪を、だれもが心の中に持っているというのです。
ですから、犯罪というのは起こるべくして起こっているのです。
いつの時代にも、犯罪は存在しているのです。
凶悪な事件を起こした犯罪者たちだけが、「特別罪深い」ということではないのです。
全員が罪深いのだけれども、犯罪者たちは心で考えた悪事を抑えられずに
それが、行動に現われてしまっただけなのです。
条件によっては、「誰もが同じ罪を犯してしまう可能性を持っている」ということなのです。
それでは「一見まともに見える人物」は、どうなのでしょうか?
品行方正で尊敬に値するような人物は、罪人ではないのでしょうか?
実は行動に表さないようにしているだけで、罪人であることに変わりありません。
その人の一面だけを見たら、あの人は素晴らしい人だと思えてしまうのです。
けれども、心の中を全部知ってしまうと「あの人も間違いなく罪人だ」となります。
見えていなかった他の面を知ると、やはりそこに罪が表れていることがわかるのです。
親しくなればなる程、わかってきます。
家族だったり、結婚したり、友達になって親友になる程わかって来るのです。
どんなに素敵な人だと思っても、罪人であることに変わりないのです。
3.罪に支配されずに生きるには?
どうしたら、元々持っている罪を行動に表さないで生きられるのでしょうか?
罪の思いがやってくるのを放置している限り、それは困難です。
どこかで行動に表れてしまいます。その思いが強ければ、行動に出てくることでしょう。
元々持っている罪の思いが、そもそも湧いてこないような生き方が必要になってきます。
どんなにアイスが好きな人でも、海で泳いでいる時にはアイスは食べられません。
海から上がって一休みしている時なら、食べることができます。
泳いでいる最中には、アイスを食べようにも食べれないのです。
100%泳いでいる時には、アイスを食べることから解放されているのです。
そのように、神に100%支配されて生きる時「罪の思い」から解放されます。
100%神に自分を献げきって、罪に余地を与えないことです。
イエスは言われた。
「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
マタイによる福音書 22章37節
力の限り、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、神を愛するのです。
尽くすというのは、100%です。99%ではありません。1%の隙もないのです。
罪が入り込むすきを、与えないようにするのです。
神の命令は「絶えず祈りなさい」という命令であって、時々ではないのです。
信仰というのは、1日24時間全ての時間で信じる事です。
1日24時間すべての時間で、神に従うことなのです。
むすび.所詮罪人だからしょうがないのではない
私たちが、元々罪をもって生まれてきているということは事実です。
故意にではなくても、どうしても何かしらの罪を犯してしまいます。
けれども、それを極力少なくする生き方ができるのです。
自分の力ではなく、神の力によるのですが
何もしなくても良いのではなく、決断が必要です。
心を尽くして神を愛しますという決断が、必要なのです。
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、神を愛して神に従う時に
神は必ず、私たちを助けて下さいます。
罪に生きないで、神に生きることができるのです。
【今日の聖書】
次のように書いてあるとおりです。
「正しい者はいない。
一人もいない。
悟る者もなく、
神を探し求める者もいない。
皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。
善を行う者はいない。
ただの一人もいない。
彼らののどは開いた墓のようであり、
彼らは舌で人を欺き、
その唇には蝮の毒がある。
口は、呪いと苦味で満ち、足は血を流すのに速く、その道には破壊と悲惨がある。
彼らは平和の道を知らない。
彼らの目には神への畏れがない。」
ローマの信徒への手紙 3章10〜18節