神のタイミングの良さ
 マルタとマリヤの兄弟ラザロが、病気で死んでしまった時、
 イエスは、ラザロが死んだ後4日経ってからそこに来ました。
 それがまさに、神の計画されていたタイミングでした。
 もし病気の最中に来ていたら、ラザロは生きていましたから
 単なる病気のいやしで、終わっていたことでしょう。
 死んだラザロが生き返るという、イエスの奇蹟はなかったのです。
 もしもっと遅かったら、そこにいた多くの人々は帰っていたでしょう。
 まだ多くの人がそこにいる時に、イエスはそこに来られたのです。
 だから、多くの人々がイエスの奇蹟を目撃して、信じることができたのです。
 ラザロが死んで4日後というのも、同様です。
 死んで4日経ったら、遺体は腐敗し、通常ならば腐敗臭がしていたはずでした。
 息を吹き返すことなど、もはや到底考えられない時に奇蹟が行われたのです。
 マルタはもっと早く来てくれていたらと、嘆いていましたが
 もっと早くではなくて、良かったのです。最善のタイミングだったのです。
 そのタイミングだったからこそ、多くの人々がイエスによる神の偉大な力を
 そこに見ることができ、驚き信じているのです。
 マルタの「もっと早く」のタイミングではなく、神のタイミングが
 あったのです。今も同じです。
 
【今日の聖書】
 イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。
 ラザロが病気だと聞いてからも、
 なお二日間同じ所に滞在された。
 ヨハネによる福音書 11章5〜6節