ヨベル
1.安息日は週に1日(7日に1回)
旧約聖書の時代、律法によって、
7日に1回、安息日が設けられていました。
安息日には、いかなる仕事もしてはならないと定められていました。
六日の間仕事をする。
七日目は最も厳かな安息日であり、聖なる集会の日である。
あなたたちはいかなる仕事もしてはならない。
どこに住もうとも、これは主のための安息日である。
レビ記 23章3節
2.安息年は7年に1年
さらに、7年に1年、安息年が設けられていました。
七年目には全き安息を土地に与えねばならない。
これは主のための安息である。
畑に種を蒔いてはならない。
ぶどう畑の手入れをしてはならない。
休閑中の畑に生じた穀物を収穫したり、
手入れせずにおいたぶどう畑の実を集めてはならない。
土地に全き安息を与えねばならない。
安息の年に畑に生じたものはあなたたちの食物となる。
あなたをはじめ、あなたの男女の奴隷、
雇い人やあなたのもとに宿っている滞在者、
更にはあなたの家畜や野生の動物のために、
地の産物はすべて食物となる。
レビ記 25章4〜7節
安息年には、種まきと収穫が禁じられていました。
ぶどう畑の場合、一切の手入れが禁じられていました。
畑という畑は、何もせずに1年間放置しなければならなかったのです。
3.ヨベルの年は50年に1年
3.1 50年目はヨベルの年で解放の年
そして、7年が7回経過した翌年の50年目は、
ヨベルの年が設けられていました。
ヨベル
【意味】雄羊の角、トランペット、コルネット
ヨベルの年
あなたは安息の年を七回、すなわち七年を七度数えなさい。
七を七倍した年は四十九年である。
その年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を鳴り響かせる。
あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、この五十年目の年を聖別し、
全住民に解放の宣言をする。
それが、ヨベルの年である。
あなたたちはおのおのその先祖伝来の所有地に帰り、
家族のもとに帰る。
レビ記 25章8〜10節
ヨベルの年には、第七の月の十日の贖罪日に、
雄羊の角笛を国中に吹き鳴らして、その年を聖別し、
全住民に解放の宣言をすることになっていました。
そして、先祖伝来の所有地に帰り、
家族のもとに帰らなければなりませんでした。
やむなく身売りしていた場合でも、この年に解放されて帰ることができたのです。
3.2 ヨベルの年も安息年と同様に畑は休閑
五十年目はあなたたちのヨベルの年である。
種蒔くことも、休閑中の畑に生じた穀物を収穫することも、
手入れせずにおいたぶどう畑の実を集めることもしてはならない。
この年は聖なるヨベルの年だからである。
あなたたちは野に生じたものを食物とする。
レビ記 25章11〜12節
ヨベルの年も、安息年と同じように、種まきと収穫が禁じられていました。
ぶどう畑の実を集めることも、禁じられていました。
安息年と2年連続で、畑は何もせずに1年間放置しなければならなかったのです。
3.3 ヨベルの年にはそれまで売った土地が返還される
ヨベルの年には、おのおのその所有地の返却を受けることが
定められていました。
ヨベルの年には、
おのおのその所有地の返却を受ける。
レビ記 25章13節
ですから、土地の売買というのは期間限定の貸し出しのようなもので
永久に土地を与えてしまうというものでは、なかったのです。
売買金額は、ヨベルの年まであと何年あるかで決められていました。
あなたたちが人と土地を売買するときは、
互いに損害を与えてはならない。
あなたはヨベル以来の年数を数えて人から買う。
すなわち、その人は残る収穫年数に従ってあなたに売る。
その年数が多ければそれだけ価格は高くなり、
少なければそれだけ安くなる。
その人は収穫できる年数によってあなたに売るのである。
レビ記 25章14〜16節
あと49年あれば高く売れ、あと1年なら最安値だったわけです。
ヨベルの年までの残り年数に従って、売買されたので
40年残っている場合と、10年残っている場合とでは4倍の差が出ることになります。
むすび.イエスこそ完全な解放と安息と回復とを与えて下さるお方
基本的に、安息日にしろ、安息年にしろ、ヨベルの年にしろ休みです。安息です。
そしてヨベルの年に関していえば、その基本理念は原状回復でした。
人はその束縛から解放され、土地は元の所有者に返り、元に戻ったのです。
「土地も人も神の所有である」ということが、繰り返し確認されることになりました。
そしてこのヨベルの年こそ、キリストによる完全な解放を予表するものだったのです。
イザヤ書の預言の通り、キリストこそ捕らわれ人の解放を実現して下さった方なのです。
「主の霊がわたしの上におられる。
貧しい人に福音を告げ知らせるために、
主がわたしに油を注がれたからである。
主がわたしを遣わされたのは、
捕らわれている人に解放を、
目の見えない人に視力の回復を告げ、
圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」
イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。
会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。
そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、
あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。
ルカによる福音書 4章18〜21節
キリストは、ヨベルの年のように、人々を罪の奴隷状態から解放し、
神のもとで生きる「本来あるべき姿」に原状回復させ、
罪の重荷をおろさせ、全き安息と平安を与えて下さったのです。
まさに完璧な「ヨベルの年」こそ、イエス・キリストなのです。
【今日の聖書】
主はわたしに油を注ぎ
主なる神の霊がわたしをとらえた。
わたしを遣わして
貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。
打ち砕かれた心を包み
捕らわれ人には自由を
つながれている人には解放を告知させるために。
主が恵みをお与えになる年
わたしたちの神が報復される日を告知して
嘆いている人々を慰めシオンのゆえに嘆いている人々に
灰に代えて冠をかぶらせ
嘆きに代えて喜びの香油を
暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために。
彼らは主が輝きを現すために植えられた
正義の樫の木と呼ばれる。
イザヤ書 61章1〜3節