今日のできごと


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2020/7/30(木)

 
今日収穫したイチゴ

なぜうなだれるのか

 詩篇42編と43編には、「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ」という言葉が
 繰り返されています。ということは、この時の作者の置かれていた状況が
 「うなだれずにはおれない状況」だったということです。

 神よ、あなたの裁きを望みます。
 わたしに代わって争ってください。
 あなたの慈しみを知らぬ民、欺く者
 よこしまな者から救ってください。
 詩編 43編1節

 欺く者、よこしまな者から、不当な苦しみを受けていて
 だれも、正しい裁きを受けることができない状況だというのです。
 「私に代わって争ってください」と語っていますから、

 自分自身では、もうどうすることもできないほど、
 虐げられていたことがわかります。

 あなたはわたしの神、わたしの砦。
 なぜ、わたしを見放されたのか。
 なぜ、わたしは敵に虐げられ
 嘆きつつ行き来するのか。
 詩編 43編2節

 敵に虐げられ、嘆きつつ行き来していたそういう中で記された
 詩篇であることがわかります。
 絶望的な状況の中で、希望も何も持てないような中で書かれたものなのです。

 結論は何でしょうか?
 「わたしはなお、告白しよう
  『御顔こそ、わたしの救い』と。」

 うなだれずにはおれないような状況でも、なお、
 神を待ち望みます!というのが、この詩編の作者の信仰なのです。
 神に見放されたような状況でも、信じるものを神が見放すことなど

 あり得ないのです。

 【今日の聖書】
 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ
 なぜ呻くのか。
 神を待ち望め。
 わたしはなお、告白しよう
 「御顔こそ、わたしの救い」と。
 わたしの神よ。
 詩編 43編5節


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