まんちゃら
出雲弁で「まんちゃら」というのは、「ごまかす」という意味の言葉です。
「おまえ、まんちゃらしちょ−へんか?」というのは
「おまえ、ごまかしてないか?」ということになります。
「まんちゃら」以外にも、「どまかす」も「ごまかす」と言う意味になります。
「どまかす」は、「だます」「あざむく」と言う意味合いになるので
「まんちゃら」よりも、強い意味合いのようです。
イスカリオテのユダは、財布の中身をごまかしていました。
「まんちゃらしちょった」のです。
ごまかして人の目は欺けても、神の目を欺くことはできません。
神はすべてを見ておられるのです。
どこにも主の目は注がれ
善人をも悪人をも見ておられる。
箴言 15章3節
旧約の時代アカンも、ごまかしました。
イスラエルは罪を犯し、わたしが命じた契約を破り、
滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取り、
ごまかして自分のものにした。
ヨシュア記 7章11節
初代教会では、アナニアとサフィラがごまかしを実行に移しました。
すると、ペトロは言った。
「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、
聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。
使徒言行録 5章3節
ごまかした人々は、その後どうなってしまったでしょうか?
イスカリオテのユダは、イエスを裏切り、結局首をつって死んでいます。
アカンは、その家族もろとも滅び去りました。
アナニアとサフィラはペトロに指摘された直後、息絶えています。
ごまかしと言うのは、決して軽い罪ではありません。
ごまかすということは、神が見てないという信仰告白に他なりません。
神は見ていない、だから人に見られていなければ大丈夫、
この思いが、ごまかす行動につながっていくのです。
ごまかさずに、正直に悔い改めることが要求されているのです。
【今日の聖書】
彼がこう言ったのは、
貧しい人々のことを心にかけていたからではない。
彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、
その中身をごまかしていたからである。
ヨハネによる福音書 12章6節