陶芸家の河井寛次郎
松江市の隣の安来市出身の陶芸家に、河井寛次郎という人がいました。
その生誕の地には、記念碑が建てられていて、説明も記されています。
安来市役所より東の東小路交差点の、吉田歯科医院の所にあります。
寛次郎は、松江中学(松江北高)から東京高等工業学校(東工大)へ入学し
陶工になられた方で、パリ万国博覧会でグランプリを受賞したり、
ミラノ・トリエンナーレ国際工芸展グランプリを受賞したりしています。
記念館は安来市にはなく、自宅のあった京都府京都市東山区五条坂鐘鋳町569に
あり「河井寛次郎記念館」という名称です。
京阪電車「清水五条」駅より徒歩10分で、900円で入れるようです。
陶器は、紀元前のダビデの時代、すでに普通に使われていたことが。
サムエル記下からわかります。
ダビデも、陶器を使って生活していたのです。
【今日の聖書】
ダビデがマハナイムに着くと、
ラバ出身のアンモン人ナハシュの子ショビ、
ロ・デバル出身のアミエルの子マキル、
ロゲリム出身のギレアド人バルジライとが、
寝具、たらい、陶器、
小麦、大麦、麦粉、炒り麦、豆、レンズ豆、炒り麦、
蜂蜜、凝乳、羊、チーズを食糧として
ダビデと彼の率いる兵に差し出した。
兵士が荒れ野で飢え、疲れ、渇いているにちがいない
と思ったからである。
サムエル記下 17章27〜29節