水の中の金魚
1.水を飛び出した金魚は自由ではなく死んでしまう
金魚にとっての自由とは、いったい何でしょうか?
水の中の金魚が「水中だけでなく、地面の上でも泳ぎたい」と思ったら
これは、自由を求めていることになるでしょうか?当然、なりません。
いざ水槽を飛び出して、地面に降りたらさあ大変です。
エラ呼吸ができなくなって、やがて金魚は死んでしまいます。
金魚にとっての自由は、水の中にいてはじめて成り立つものです。
水から出てしまったら、それは自由でも何でもありません。
死を意味します。「水の中にしかいることができない」というのは、
実は不自由なのではなく、金魚を本来の姿で生かすことなのです。
2.人間は、神の元にいてはじめて自由になれる
私たちも同じです。
神を信じて生きるというのは、不自由そうに見えるかもしれません。
神を信じると、「日曜日には礼拝に行かないといけない」
「聖書を読んだり、お祈りをしなければならない」
「酒飲んで騒げないし、ギャンブルもやめないといけない」
しかし、それこそが人間の本来的な生き方なのです。
人は、神につくられたものだからです。
神につくられ、神に愛されている存在なのです。
金魚が水の中にいるように、人間も神の元に立ち返って
神と共にいてはじめて、本来的な生き方ができるのです。
水の外に飛び出た金魚が、やがて死んでしまうように
神の外に出てしまったら、人間はやがて永遠に滅びてしまうのです。
3.罪深い私たちはキリストによって神の元に帰ることができる
罪人の私たち人間が、神の元にどうやって帰ればよいのでしょうか?
神は、正しいお方です。罪を受け入れることはできません。
しかし私たちは、まぎれもなく罪人なのです。
どうやって帰ればよいでしょうか?
イエス・キリストによってです。
イエス・キリストを信じることによって、誰もが帰ることができるのです。
御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
ヨハネの手紙一 1章7節(後半)
イエス・キリストの十字架の血潮は、
すべての罪から、私たちをきよめてくれるのです。
イエス・キリストを信じ受け入れて、神の元に立ち返って
本当に自由な人生を生きていきましょう。
自分の思い通りに、欲しいものを手にして、
自分のやりたいことだけをやって、生きていくということは、
自由のように見えて、実は滅びへと突き進むことになってしまうのです。
【今日の聖書】
イエスは、
御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。
「わたしの言葉にとどまるならば、
あなたたちは本当にわたしの弟子である。
あなたたちは真理を知り、
真理はあなたたちを自由にする。」
ヨハネによる福音書 8章31〜32節