十二章は九節より愛の�ﾍえに入り、それより愛敵の�ﾍえに説き進み、その最後においては「なんじ、惡に勝たるるなかれ。善をもて惡に勝つべし」との偉大なる語を發した。ロマ書はその處々において論述の高調に達するを見る。三章二十四、五、六節の贖罪（しょくざい）提唱のごとき、八章末尾の凱歌（がいか）のごとき、十一章末尾の贊美のごとき、これである。そしてこの十二章末尾のごときも正に實践道�ｺの絶頂にして、その想その辭ともに高調に達せりというべきである。人の道�ｺはとうていこれ以上に出づることはできぬ。實にこれ人間道義の絶頂である。「善をもて惡に勝つ」とは、心中の戰いをいうたものである。人より惡を受け、その惡にまた惡をもて報いんとの心を起こすは、すなわち惡に負けたのである。この復讐心と戰つてこれをおさえ、その惡に對するに善をもつてするが、すなわち善をもつて惡に勝つたのである。惡をもつて惡に對して敵を屈服せしむるは、惡に負けたのである。惡に堪ゆるのみならず、進んで敵を愛するに至るが、惡に勝つたのである。キリストの十字架は、この勝利の極として著しきものである。彼は敵人の包圍に会つてこれに抗せず、そのまま十字架の悲運を甘受し、しかもわれを殺す敵のためになだめを父に祈るほどの愛心を發した。かくのごとき人を主と仰ぐ者は常にこの心をもつて人に對さねばならぬ。愛敵の心盛んなるところ、社会には平和みなぎり、國と國との間には争いは起こらないのである。

　十一章末尾のこの�拐~をもつてすれば、十三章の對國家の道はたやすく了得し得られるのである。まず第一節にいう、「上にありて権を持てる者に、すべて人々從うべし。そは�~より出でざる権なく、おおよそあるところの権は、�~の立てたもうところなればなり」と。これこの世の政治的権能に服從すべしとの勧めである。そしてその理由として、この世の政治的権能といえどもまたことごとく�~の立てたもうたものであると強調したのである。クリスチャンは�~にのみ服從すべきであつてこの世の権能に對しては毫（ごう）も服從する要なしと主張する者を、パウロは誡めるのである。ゆえに二節においていう、「このゆえに、権に逆らう者は�~の定めにそむくなり。そむく者はみずからその審判（さばき）を受くべし」と。この世の権能に逆らうは、�~の立てたまいし権能にそむくのであれば、すなわち�~の規定にそむくのである。ゆえにその審判を受くるに至ること當然であるというのである。全世界にわたれる�~の統治を認め、制度尊重、秩序保続の健全なる�拐~を、パウロはここに鼓吹（こすい）するのである。

　

　次に三、四節を見よ。「支配者は善きわざの恐れにあらず、惡しきわざの恐れなり。なんじ、権を恐れざることを願うか。ただ善きをおこなえ。さらば彼よりほまれを得ん。彼はなんじを益せんための�~のしもべなり。もし惡をなさば、恐れよ。彼はいたずらに剱をとらず。�~のしもべたれば、惡をおこなう者に怒りをもて報ゆるものなり」とある。この世の権威に對する道はただ善をなし惡を避けるだけのことである。善をなす者は支配者より賞せられ、惡をなす者は罰せらる。支配者は�~のしもべであるゆえ、善を賞し惡をこらす役目をおこなう。されば、善をなす者は少しもこの世の権能を恐るるの必要がない。正しきをおこなう者に恐怖の襲う理由はすこしもない。しかし惡をなせば必ず支配者の罰が光る。されば惡をなすなかれと、パウロは誡めるのである。よつて進んで五節においていう、「ゆえにこれに從え。ただ怒りによりてのみ從わず、良心によりて從うべし」と。すなわち刑罰の恐れによつてのみならず、また實に良心よりして権能に從えと勧めるのである。

　次の六、七節は、以上の原理の適用ともいうべき處である。「このゆえに、なんじら、貢（みつぎ）を納めよ。彼らは�~の仕え人にして、常にこの職をつかさどれり。なんじら、受くべきところの人にはこれに與え、貢を受くべき者にはこれに貢し、税を受くべき者にはこれに税し、恐るべき者には恐れ、貴ぶべき者はこれを貴べ」という。その意味は説明を待たずして明らかである。ただ貢と税との別について一言しよう。独立國の民は、税を納むれども貢は納めない。いかに重税を課せられても税だけである。しかるに古代にあつては、屬國の民は、税を納むるほかになお貢なるものを納むる必要があつた。これ服從忠順を象徴するところのものであつた。されば、ローマ本國の民は税を納むるだけをもつて足りたけれども、ユダヤ人は税と貢とを兼ね納めねばならなかつた。ゆえにパウロがここに貢の納入を勧めたのは、征服國の政府が被征服國の民に向かつて課する暴壓にも服從せよとの意味である。

　以上のごとく、一節より七節まで、その意味はしごく平易であるが、これに關連して、二、三の重要なる問題が起こるのである。まず近代人はパウロのこの�ﾍえに抗議を提起していう、これ古代専制治下においての誡めであつて、現代の民本政治においては全然無用なるものではないかと。いな、しからず。いかなる時代のいかなる政治組織の下においても、一國の秩序を維持するための権能は必ずあるべきである。そしてパウロは、この権能に服して、もつて秩序を重んじ騒擾（そうじょう）を憎み、平和順良を愛する民たれと勧めるのである。從つてこの誡めはいかなる時代においてもすたるべきものではない。かつまたパウロのこの國権服從論は、十二章の愛および愛敵の�ﾍえよりおのずから引き出されたものである。すなわち、いかなる人をも愛し、わが敵をも愛するがクリスチャンの道である以上は、良き國家に對しても惡しき國家に對しても、服從と愛とをもつて對し、たとえ暴壓治下にありても、なおわれをしいたぐる権能者に從い、かつこれを愛するの心をいだくべきであるというのである。從つてパウロのこの國権服從の根底に横たわるものは、キリスト的愛の大�拐~である。ここにおいてか知る、彼のこの誡めの、永久にすたらざる誡めとして残れることを。

　クリスチャンとは、その國籍を天に移せし者である。「われらの國は天にあり」（ピリピ書三・二〇）とあるとおりである。ゆえに、この世の事は實はどうあつてもよいのである。何となれば、これ彼にとつては人生第一義の問題ではないからである。ゆえに、強（し）いてこの世の権能に反抗するほどの熱心が起こらない。いずれでもよいことであるゆえ、むしろ服從をもつてこの世の権能に對するのである。

　今これを、近時むずかしき問題となりつつある勞働問題について考えて見よう。今や勞働者は資本家の横暴残忍を攻撃し、資本家は勞働者の怠慢無謀を攻撃してゐる。われらクリスチャンは、資本家が横暴なれば勞働者に同情する。しかしまた勞働者があまりに無謀なれば資本家に同情する。クリスチャンはあらゆる場合において正者の味方である。しかし、もし彼が資本家の一人であるならば、勞働者の暴擧のために損害を受けても、これをあまり問題としないのである。また勞働者の一人であるならば、とうてい熱心に資本家攻撃に從いて収入増加のために奮闘するの心を起こし得ないのを當然とする。彼はすでに財（たから）を天にたくわえたものである以上、この世の財のことについてはあまり大なる熱心を起こし得ないのである。この世の事に重きを置かぬ者はこの世の事には無頓着である。そしてかく、この世の利益問題に無頓着なるゆえ、無益なる抗争、反抗、騒擾等に從い得ないのである。愚かなる怒りや自己の小利害のゆえにこの世において争いを起こすことなきが、クリスチャンの健全なる状態である。もちろん�~のため、また平和のため、大なる運動を起こし、またはそれに携わる場合がないとはいえない。けれどそれはまれのことである。平素は、平和、服從、秩序、権能尊重の民たるのである。

　さればクリスチャンは平和の民である。世にありて、革命、騒擾、叛亂を起こすことをいとう。眞のクリスチャンにして社会の秩序を亂した者あるを聞かない。またみずから好んで革命叛亂を起こした者あるを聞かない。歐米の諸國が、キリスト�ﾍ國と稱しながら、しばしば醜陋（しゅうろう）なる戰いに從うごときは虚僞の極である。しかしここに一つの問題が起こる。もし國の政府が腐敗をきわめて明白に民の敵となりたる時のごとき、もしくは自國が壓制國の版圖（はんと）に屬して暴虐横恣（おうし）の下に惱む場合のごときはいかに。かかる際にはこれに反抗して革命独立の旗を翻すを可とすべきではないかと。たとえばクロンウェルの英國革命戰争、オレンジ公ウィリアムのネーデルランド独立戰争、ジョージ・ワシントンの米國独立戰争のごときは、いずれも不義の跋扈（ばっこ）を抑（おさ）うるべく義のため愛のために立つたのである。ゆえにこれは義戰として稱揚せらるべく、またキリスト�ﾍ徒の當然携わるべき性質のものと認めらるべきではあるまいか。叛亂といえば叛亂であるが、これはキリスト�ﾍ的に推奨 −− 少なくとも是認せらるべき性質のものではあるまいか。

　この問題に對してまず注意すべきは、かかる場合のはなはだまれであるという一事である。そして、まれなるある場合には、あるいは政権反抗が正しくあるとしても、そのため常の場合の反抗が正しいということにはならない。パウロはここにクリスチャン平素の心得を�ﾍえたのであれば、平素の場合においては政権服從を可とするという原理を述べたのである。さらば、右のごときある特別の場合においてはいかに。パウロは一般の原理を述べただけで、特別の場合には言及していない。けれども彼の�拐~のあるところを見、ことに主イエスの心に訴えて見て、かかる場合に際しての最上の道をほぼ知り得ると思う。すなわち政治の非違その極に達して民みな苦しむ場合のごときにも、クリスチャンは平和的手段にのみ訴うべきである。まず謙遜と靜和とをもつて、権能者に向かつて抗議（プロテスト）すべきである。幾度も幾度も繰り返して抗議し、その他平和を越えぬ範圍においてはすべての道を取るべきである。百折不撓（ひゃくせつふとう）の心をもつて目的の貫達を祈るべきである。しかしながらその目的が達せられずとて、武器に訴えて叛亂を起こすべきではない。平和的手段だけに限りて、成敗はことごとく大能の手にまかせまつるべきである。

　さらばクリスチャンが正義のために抗議せし場合、それが罪に問わるるごときこととならばいかに。おのれの命を求めらるる場合はやむを得ず叛亂を起こすべきか。いな、かかる場合には権能者の命のままにわが生命を差し出すべきである。この點においては、ギリシャの哲人ソクラテスは、多くのキリスト�ﾍ徒以上にキリスト的であつた。彼は政府の批政に對してはただ抗議するだけであつた。捕えられて死刑の宣告を受けるや、無實の罪にしても、政府が合法なる機關を通してなしたる判決であるというゆえをもつて、潔くこれに服した。そして友人らが準備をことごとく整えて脱牢を勧むるや、國法にそむくの不道理を唱えてこれを峻拒（しゅんきょ）した。彼の場合においては、國法の適用は誤つてはゐるが、國法の命ずるところにそむくは、彼において全然なし得ざるところであつた。そして彼は、悲しみ泣く弟子らに靈魂不滅の�ﾍえを説きつつ毒杯を傾け、最後の瞬間に至るまで諄々（じゅんじゅん）として説いて變わらなかつた。げに壯美の極というべきである。�~のひとり子の死たるキリストの十字架は別として、人として、ソクラテス以上に美しき死を見ることはできない。されば國法服從の一點に至つては、ソクラテスは、オレンジ公、クロンウェル、ワシントンにはるかにまさるというべきである。しかしてキリストはこの點においてソクラテスに似て、またソクラテス以上であつた。彼は何ら反抗の手段に出でずして、権能者のさばくままに死につきたもうた。われらはキリストになろうべく、またソクラテスになろうべきである。

　この點において、インド革命者ガンジーの無抵抗的革命のごときは正にキリスト的である。在來の武器をもつてする革命はキリストの心にかなわざるものである。壓制者に向かつて武力をもつて抗争するというは、彼らに對する憎惡（ぞうお）の發現といわざるを得ない。クリスチャンにして、壓制者に武力的に反抗せし者は、みな彼らを�~の敵として憎惡呪詛した。しかし壓制者をも愛をもつてゆるす態度こそ、クリスチャンの取るべき態度である。彼らのためにも祈る心をいだくに至らずしては、眞の愛ということはできない。クロンウェル、ミルトンらは偉大雄烈なるクリスチャンにして、われらの深く尊敬するところであるが、この點においてはとうていわれらの模範とするに足りない。その黨派心、抗争心の盛んにして、権能服從の心乏しく、愛敵の道において足らざりしは、惜しむべきの至りである。この點においてはわれらは彼らにならわない。全然ナザレのイエスにならわねばならない。権能に服し、國法を重んじて死につき、われを殺す敵のために祈るの大�拐~を發揮したる、ナザレのイエスにならわねばならない。

　最後に注意すべきは、パウロのローマ政府に對する態度である。十三章の権能服從の語は、事實的にはローマ政府に對しての服從を勧めたものである。史家の認むるごとく、ローマ帝國の政治といえば、地上の改治としては最も完備した政治であつた。すべての點より見て、人間の力をもつて、これ以上に整備せる、これ以上に威力ある、これ以上に巧妙なる政治を見ることはできない。ゆえに、これ民が−−たとえ屬國の民なりとも−−喜んで服從すべき政治であつた。ことにこの政治はキリスト�ﾍの世界的傳播（でんぱ）にとりて大なる助けとなつた。かかる完備せる政治組織の下に、�ｉｹはその盛んなる交通網に乘りて、ローマ全版圖に早くも廣まつたのである。さればこの帝國もまたこれ�~の攝理の中に現われしものである。ゆえに、パウロはこの政府に對しては、多くのユダヤ人のごとく憎惡をいだかず、廣く高き視點よりしてこれに大なる好意を寄せていたのである。これ彼の偉大なる�拐~より出でたことであつた。彼の権能服從論の背景としてこの事あるをわれらは忘れてはならない。

　さらばわれらは日本の政治に對していかに考うべきであるか。もとよりその有する種々の病弊は痛歎すべきであるが、大体より見て比較的良政であると認めねばならない。これ外國漫遊ののち故國に歸りし日本人のおおむね認むるところである。また日本に滞在せる外國人にしてこれを認むる人も少なくない。生命財産の安全、信仰の自由、ある程度までの思想の自由等はたしかにこの國に存する。この國にありて、われらは平和の中に�ｉｹを研究し、かつ宣傳することを得る。もしパウロにして今日わが國に生まれたならば、この國における�ｉｹ宣傳の自由と便宜とのゆえをもつて、深く日本政府を�ｺとするであろう。そして一節 〜 七節のごとき政権服從論を唱えるであろう。不信者の営む政治なりとて直ちにこれをサタンの政治のごとく思うは誤つてゐる。これを始めから敵と見て反抗せんとするは賤愚である。良心をもつて−−心より−−服從の�ｺをもつて對すべきである。�~の定めには從うべし。敵なりとも愛すべし。でき得べきかぎりは人々とむつみ親しむべし。不信社会に生を送るわれらは、強き信仰の人たると共に、宏量、坦懐（たんかい）、寛大、愼慮の人たらねばならないのである。

　

　

第五十三講　約　　　説

政治と社会（十三章一 〜 七節）

　

　この世の人にとりては政治は最大問題である。しかしクリスチャンにとりては最大問題はほかにある。「わが國はこの世の國にあらず」（ヨハネ傳十八 〜 三六）とイエスはいいたもうた。彼はまたいいたもうた、「なんじら、まず�~の國とその義とを求めよ。さらばこれらのものはみな、なんじらに加えらるべし」（マタイ傳六・三三）と。イエスは、今日のキリスト信者が欲するがごとくに、まず政権をおのが手に握りて、しかしてのちに民衆を濟度せんとしたまわなかつた。彼は政治には無頓着でありたもうた。ユダヤ人の独立運動には加わりたまわなかつた。人あり、來たりて「貢をカイザルに納むるはよきや」と問う者あれば、「カイザルの物はカイザルに納めよ。しかして�~の物は�~に納めよ」と答えたもうた（ルカ傳二〇・二二以下）。キリストは、孔子や孟子（もうし）とは全然異なり、この世の政治には全然携わりたまわなかつた。そこに彼の�~らしきところがある。イエスはたしかに政治以上の人であつた。

　クリスチャンは政治を無用視しない。彼は公義と平和を愛する。しかしてある程度までこの世の公義と平和とを保證するものとして、確立せる政府を尊重し、誠實をもつてこれに服從する。権能はすべて�~より出でたるものであれば、クリスチャンは�~に服從する心をもつて政府に服從する。これ「力をつくして人々とむつみ親しまん」（三・十八）ためである。クリスチャンは何であつても、いわゆるこの世の革命者ではない。彼は何よりも騒擾（そうじょう）を憎んで平和を愛す。政治の事または社会の事については、彼は本質上よりして保守家である。パウロがその弟子テモテを勧めたることばにいわく、

　

　

と。使徒ペテロもまた同じ事を、初代の信者に告げていうた、

　

　

と。初代より今日に至るまで、ほんとうのクリスチャンにして、みずから好んで王にそむき、法を亂し、亂をなし、革命を計つた者はない。しかしてその理由は明白である。彼はこの世において求むるところがないからである。「�~を敬いて足ることを知るは大いなる利なり。われら、何をも携えて世に來たらず、また何をも携えて行くことあたわざるは明らかなり。それ衣食あらばこれをもて足れりとすべし……財（たから）を慕うはすべての惡事の根なり。ある人これを慕い、迷いて信仰の道を離れ、多くの苦しみをもてみずからおのれを刺せり。�~の人よ、これを避けて、義（ただ）しき事と�~を敬う事と信仰と愛と忍耐と柔和とを慕うべし」（テモテ前書六・六 〜 十一）とある。この心があつて、今日のいわゆる政治運動、社会運動、勞働運動に熱心ならんと欲するも得ない。「財を慕うは、すべての惡事の根なり」という。しかも今日の外交問題、政治問題、社会問題等、いずれも「財を慕う」より起こる問題にほかならず。パウロのこの言に照らして見て、いわゆるキリスト�ﾍ國のいずれもがキリストの國にあらざるは、火を見るよりも明らかである。しかして�~の恩惠により「財を慕う」の心が絶えて、われらは平和の民たらざるを得ざない。

　しかしながら、もし政治が腐敗して理不盡をおこなつてやまない場合にはいかに？　クリスチャンはでき得るかぎり忍耐する。されども不義不正がその極に達して忍耐するあたわざるに至れば、やむを得ず抗議する。われらは不義は不義なりと明言する。あたかもバプテスマのヨハネが分封（わけもち）の君ヘロデに向かい、「なんじはなんじの兄弟の妻をめとるべからず」といいしがごとくにいう。されどもそれ以上に抵抗しない。クリスチャンは剣を抜いてまで生命財産を保護せんとしない。生命を賭して正義を唱える。しかして正義を唱えしがゆえにこの世の権者の殺すところとならば、�~を信じておのれを彼がなすままにまかす。この點において、ギリシャのソクラテスのなせしところは、多くのクリスチャンのなしたところよりもはるかに正しくある。この點において、オレンジ公ウィリアム、オリバー・クロンウェル、ジョージ・ワシントンは、異�ﾍのソクラテスに及ばざること、はるかに遠しである。しかしてイエスご自身がこの道をとりたもうた。彼はおのれの身を守らんがためには十二軍餘の天使を父に請うて受くることができると知りたまいしも、これを請わずして、おのれを敵の手に渡したもうた。彼は、ピラトと祭司の長（おさ）らにおのれをさばかしめて、しかして彼らをさばきたもうた（マタイ傳二六・五三）。われらクリスチャンもまた主キリストになろうてこの道をふむべきである。英のクロンウェルも米のワシントンも、この事についてわれらの模範となすに足りない。われらはむしろインドのガンジーになろうべきである。敵に逆らわず、彼を愛し、しかして独立はこれをおのが手によりて得ずして、�~より賜わるべきである。しかしてほんとうの革命はかくのごとくにして達成せらる。英國革命、佛國革命、米國革命、近くはまた露國革命、そのいずれもが、血をもつて血に報いし革命でありしがゆえに、その目的を達し得なかつた。キリストの取りたまいし十字架の道のみが、ほんとうの独立と事柄と平和とを、國と民とに持ち來たらすものである。

　「なんじら互いに愛を負うのほか、すべての事を人に負うなかれ」。「何びとにも何ものをも負うなかれ。ただし相互を愛することは別なり」。政府にも社会にも隣人にも、借金は禁物とすべし、ただし愛は別なり。愛は永久に負わざるべからずと。税金も授業料も会費も、規則正しく時を違（たが）えず納むべし。されども、物質的の義務を果たしたればとて義務を完成（まっとう）したりと思うなかれ。愛の責務は永久に存す。愛せよ。いつまでも愛せよと。