第28日  隠れたイエスの弟子

「愛によって働く信仰だけが大事なのです。」(ガラテヤ56



「夕方になって、アリマタヤの金持ちでヨセフという人が来た。彼もイエスの弟子になっていた。この人はピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。そこで、ピラトは、渡すように命じた。」(マタイ275758

先週の金曜日に私の妹が所属しています名古屋一麦教会の松原尚牧師の告別式に参列しました。600名の信徒を有する教会を95歳になられるまで牧会され、多くの献身者を世に送り出し、東海地方のみならず日本全国の福音宣教に大きく貢献された先生でした。私も心から尊敬していました。控えめな牧師夫人でしたが、ご主人が天に召された後の教会を引き継がれることになり、「ただただ神様にお頼りするしかない」との思いで祈りを大切にされ、朝5時半からの早朝祈祷会は40数年におよびその間1度も欠かしたことがないそうです。私の妹の息子を実の孫のようにかわいがってくださり、妹が仕事で遅くなるときは保育園まで迎えに行き、教会の中で預かり、愛をもって育んでくださいました。感謝の気持ちで心があふれます。松原先生がいなければ妹の今の幸福はありえなかったと思います。神様は愛するものを顧み、必要な時に必要な助け手を備えてくださる恵み深いお方でことを改めて教えられます。

神の御子イエス様の誕生にさいして神様は御子の母としてマリヤを備えられました。マリアなくしてキリストの降誕はありえません。イエス様の宣教にさいして預言者バプテスマのヨハネを神様は備えられました。実際の宣教を始めるにあたってペテロをリ−ダ−とする12人の弟子たちを神様は備えられました。イエス様の十字架の処刑にさいして、ドロロ−サの道で力つきたイエス様のために、神様はクレネ人シモンを備えイエス様の十字架を代わりに負わせました。神様は必要な節目ごとに人を備え、神様のご計画を推進されました。

1 葬り

さて、イエス様が十字架で処刑され夕方となりました。安息日に死刑囚の遺体を十字架上に放置することはユダヤの習慣では許されませんでしたから、遺体を十字架から引きおろさなければなりませんでした。ところがここで重大な問題が生じました。十字架刑に処せられた犯罪者の遺体は正式に埋葬することが許されず、死刑囚専用の共同墓地に葬られました。共同墓地といっても穴を掘ったようなものであったと思われます。めんどくさくなれば、死刑を執行した兵士たちによってゲンヒンノムの谷と呼ばれるエルサレム市内の「ゴミ捨て場」に崖の上から投げ捨てられたこともあったようです。すでに2人の強盗たちはそのように処理された可能性も考えられます。イエス様の遺体はいったいどうなってしまうのでしょうか。イエス様のまわりには最後まで見守った母マリアやヨハネ、そのほかの女弟子たちがその場を離れずに亡骸を囲んで悲しみにくれていました。死刑を執行した百人隊長自らもまた「この人は神の子であった」とイエス様の十字架の死に心を大きく動かされていましたから、しばらく猶予期間を与えていたことも考えられますが、そのような温情にも時間の限界があります。イエス様の遺体は一体どうなってしまうのでしょうか。

2 隠れ弟子の登場

神様はここで一人の人物を備えられました。アリマタヤのヨセフです。聖書によれば彼はひそかにイエス様の弟子となっていた人物でした。彼はかつてイエス様によって導かれたニコデモの友であり、ユダヤ宗教議会の国会議員という身分の高い裕福な人物でした。アリマタヤのヨセフが総督ピラトに特別に面会を願い求め、じきじきにイエス様の遺体の引き取りを願い出たのです。

「そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで、ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て、イエスのからだを取り降ろした。」
(ヨハネ1938)

相当な地位と権威がなければ予約無しで夕刻に個人的にロ−マ総督に会うことはできません。アリマタヤのヨセフはかねてから総督ピラトとも面識があったと推測できます。ですから、総督はアリマタヤのヨセフがイエス様の弟子であったと知ってたいへん驚いたことでしょう。ユダヤの宗教議員のみなイエス様を十字架刑にすることに賛成していたと思っていたからです。総督はのちに高名なニコデモもまたイエス様の隠れた弟子であったことを知り驚いたことでしょう。

「前に、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持って、やって来た。そこで、彼らはイエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。」
(ヨハネ
1939-40

総督に遺体の引取りを願い出ることは重大な意味をもっていました。

総督が行なったすべての行為は公文書として記録されますから、アリマタヤのヨセフがイエスの弟子であることが公になります。つまりこの信仰の告白と行動によって、今までのようにひそかな隠れクリスチャンではおれなくなります。さらにユダヤ宗教議会の議員の資格を失うことになる可能性もありました。いままで築いてきた社会的な地位を失いかねない、リスクの高い勇気ある行動といえます。

神の子がいのちまでも捨てて十字架で罪人の罪を贖ってくださいました。その尊い贖いの死を見ては、もはや自分が隠れクリスチャンではおれなかったのです。おそらくヨセフもニコデモも、イエス様を救い主と心の中で信じながらも、人を恐れ、自分の身の保身を考え、地位や名誉や名声や財産にとらわれていたため、どうしても公に自分の信仰を告白することができなかったと思われます。しかし、今、ついにその壁が取り壊されました。彼は、これからの人生をキリストとともに生きようと決心したのでした。この世の誉れも宝も名声もキリストに換えることはできないからです。

「キリストにはかえられません。世の宝もまた富みも。このお方が私に代わって死んだゆえです。世の楽しみよ、去れ。世の誉れよ、行け。キリストにはかえられません、世のなにものをも」(新聖歌428番)

2000年後、アメリカのベバリ−・シェアが歌ったこの聖歌の歌詞は、アリマタヤのヨセフの心の中に響いていた思いと一つではなかったでしょうか。

「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」(ロ−マ109-11

3 王にふさわしい葬りの奉仕

一方ピラトも真実を捻じ曲げた死刑判決を降し、内心忸怩たる思いでしたから、ヨセフが引取りを申し出たことによって安堵感を覚えたことでしょう。彼は即座に埋葬の許可を出しました。ヨセフは自分のために造らせておいた新しいりっぱな墓をイエス様のために提供しました。30キロもの高価なもつ薬を携えてきたニコデモと協力をして丁重に亡骸を亜麻布でまき、埋葬しました。この埋葬は王にふさわしい立派な埋葬でした。

「国会議員のヨセフがイエスの弟子の一人であり、遺体の引取りを総督に願い出て許可を受けた」というニュ−スを聞いてユダヤ当局側には衝撃が走りました。総督のもとに大慌てで駆けつけ、取り消しを要求しましたが、ピラトはきぜんとこれを認めませんでした。そこで彼らは、あの大嘘つきは3日目によみがえると豪語していました。もし弟子たちが墓から遺体を盗み出してどこかに埋葬し、キリストが復活したとデマを飛ばすと収拾がつかなくなります。墓の入り口を岩で塞ぎ、漆喰で隙間を塗り固め、完全に密閉状態にすることを許可してくださいと願い出ました。こうして、イエス様が葬られた墓は封印され、墓の前には番兵が置かれたのでした。このようにしてイエス様の復活の出来事の真実性が、逆にユダヤ議会やロ-マ政府から実証される準備が整えられたのでした。

キリストの復活はアリマタヤのヨセフの存在を抜きにしては語ることができません。隠れた弟子であったアリマタヤのヨセフでしたが、自らの信仰を公に告白し、教会の仲間に加わり、イエス様の埋葬の奉仕に献身的に仕えました。神様は神様のみこころとご計画を進める上で、必要な時に必要な人を備えられます。

キリストの十字架に仕えたシモン、キリストの埋葬と復活に仕えたヨセフとニコデモ、彼らの名は永久に残されることでしょう。

マリアにはマリアにしかできない奉仕がありました。クレネのシモンには彼にしかできない奉仕がありました。アリマタヤのヨセフには彼に託された奉仕がありました。彼らはそれぞれの信仰と愛において、イエス様におつかえしたのです。あなたにはきっとあなたにしかできない尊い働きが託されています。たとえそれが小さい奉仕に見えても、わずかばかりの働きに見えても、神様の御心がなるためには欠かせることのできない大きな奉仕であり、働きなのです。神様にあって無意味なこと無駄と思えることはなにもありません。あなたの信仰を告白し、あなたの祈りと愛をもって神様とイエス様のからだである教会におつかえしましょう。

私は牧師としていつも考えさえられています。イエス様はご自身のからだである教会、ご自身の花嫁である教会をうるわしく装うために、一人一人を尊く用いてくださる。そして足らざるところを補うために、
必要な時に必要な人を備えて送ってくださると。

信仰から来る愛の働きとして、あなたにできるあなたの奉仕をささげて、
主と主のからだである教会におつかえしてゆきましょう。

「愛によって働く信仰だけが大事なのです。」(ガラテヤ56


2008年3月9日 




  

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