【福音宣教】 イエス様の誕生と葬り アドベント第一週

今週からアドベント(クリスマスを待ち望む4週間の期間)に入ります。礼拝のメッセージも、主の御降誕に合わせて語ります。24日のクリスマス礼拝では多くの教会で、バプテスマ式が行われます。私たちの教会ではコロナ禍の3年間、バプテスマ者が与えられていませんので、寂しい思いをしています。来年3月31日がイースターですので、新しい神の家族が誕生することを心から願い、祈りつつクリスマスを迎えましょう。

1. イエス様の葬り

十字架でイエス様が息を引き取られたのち、神は二人の人物を用いられました。一人はアリマタヤ出身のサンヒドリンの国会議員で、名をヨセフと言いました。神の国を待ち望んでいた、立派な正しい人でした(50-51)。もう一人は同じ国会議員で著名な律法学者として人々から尊敬されていたニコデモです。彼はかつて人目を避けて深夜にイエス様を訪ねて救いを求めた人物でした(ヨハネ31-15)。ヨセフはユダヤ教指導者からの激しい圧力が後にかかってくることを覚悟のうえで、総督ピラトに直々面会を求め、イエス様の遺体の引き渡しを願い出たのでした。おそらくニコデモも陰ながらヨセフの味方となって遺体の引き渡しを願い出たと思われます。もし彼らがこの時、勇気を出して願い出なければ、イエス様の遺体はほかの二人の犯罪者たちと共に、死刑場のカルバリの丘から崖下に投げ捨てられていたことでしょう。なぜなら十字架刑の処せられるローマ政府に対する反逆者や重罪な犯罪者たちを、丁重に墓に納めることなどは決して許可されなかったからです。

ヨハネ1938-42には、ヨセフとニコデモが協力して、特別に総督から許可を得て、引き取ったイエス様の遺体に、香料を注いで、丁重に亜麻布で巻いて、だれもまだ葬られていない新しい墓に葬ったことが記されています。当時ユダヤの国では、今日の日本のような火葬による埋葬や、土中に埋める土葬は行われておらず、加工しやすい石灰岩の岩をくりぬいて洞窟式の墓を造り、内部の石棚に遺体を安置する風習が一般的でした。

イエス様がベツレヘムの家畜小屋で誕生した時には、ナザレの村に住む貧しい大工ヨセフと婚約者のマリアが、神様に用いられました。イエス様の埋葬に関しては、エルサレムに住む、社会的に身分の高い裕福なアリマタヤのヨセフとニコデモが、神様に用いられたのでした。この4人に共通していることは、人を恐れず、信仰に立って行動したことです。

2. イエス様を葬った二人の信仰告白

人を恐れることは、信仰の歩みの最大の敵といえます。処女が身ごもるなど常識では考えられないことです。しかマリアは「神には可能なことは何一つありません」と告げるみ使いの言葉を信じ、「あなたのおことば通りこの身になりますように」(ルカ238)と信仰に立って告白しました。一方、ヨセフも最初はひそかにマリアを離縁しようと考えたほどでしたが、「恐れないであなたの妻マリアを迎えなさい。マリアは男の子を産みます。その名をイエスと名付けなさい。この方こそご自分の民をその罪から救ってくださる方です」(マタイ120-21)と夢の中でみ使いの言葉を聞いて、信仰に立ってマリヤを迎えました。不信仰な批判的な冷たい目が若い二人に向けられたことは明らかです。しかし彼らは、人を恐れず、信仰に立って、神の御子の誕生を待ち望んだのです。

アリマタヤのヨセフが総督ピラトの前にイエス様の遺体の引き渡しを、堂々と願い出た時も同様です。イエス様を十字架につけ亡き者にしようと、それこそ全会一致で決議しているなか、一人異を唱え、イエス様の遺体の引き取りを願い出ることは、それ相当の覚悟が必要だったことは明らかです。それは自分自身が「イエスをメシアと信じる一人」であり、「神の国の福音を信じるイエスの弟子の一人である」(マタイ2757、ヨハネ1938)ことを公に告白することでもあったからです。このニュースはユダヤ社会に衝撃的な出来事としてあっという間に広がったことでしょう。その結果、アリマタヤのヨセフは、今まで培ってきたユダヤ議会の一員であるという名誉ある立場や幅広い人脈を失い、築いてきた財産さえ失うかもしれない。彼も彼の家族もユダヤ社会から断絶されてしまうかもしれない。予測されるそのすべてを受け入れ、腹をくくって総督の前に進み出たのでした。

年老いたニコデモも同様でした。かつては人目を避けて夜、イエス様のもとを訪ねてきました。しかし今や、ニコデモはまだ陽がさしている明るい中、30kgもの香料が入った壺を抱えて、ヨセフと行動を共にしているのです。もちろん老人が30kgもの重い荷物を持つことなどは無理ですから、お供の者たちに持たせていたと考えるのが合理的です。いずれにしろ非常に目立ったことでしょう。イエス様のご遺体を車に乗せ、多くの女性の弟子たちとともに、悲しみの中、墓地に向かう一団の姿を見て、「あのヨセフもニコデモも、イエスのお弟子だった」のかと、群衆は驚いたことでしょう。社会的な立場を考えれば、このまま隠れクリスチャンとして歩むことも可能でしたが、彼らはむしろこの時こそ、自分に与えられた役割を果たすべき時と信じて、公に信仰を告白したのでした。

「人は心に信じて義とされ、口で告白して救われる」(ロマ1010

3. 人生の決断の時

人生には「決断の時」があります。たとえぐずぐずと迷っていたとしても、決心し選び取らなければならない時があります。優柔不断な臆病な私たちは、あれこれ理由をつけて後回しにしたり、先延ばしにしたり、なかったことにしてお蔵入りしてしまうことがしばしばあります。しかし「今、手をあげなければ、一歩踏み出さなければ、自分の意思を表明しなければ、一生後悔するぞ」と、腹をくくって行動しなければならない時が、人生にはあることも事実です。

アブラハムは老いた父の健康を鑑み、生まれ故郷のカルデヤの都ウルからユーフラテス川の上流カランの地まで一緒に旅をしましたが、父の死まで15年待ちました。父テラが亡くなったとき、「今がその時」と、約束の地へと「行き先を知らないで旅たちました」(ヘブル118)。モーセは自分がエジプトの王家の血筋の者ではなく、奴隷として苦役に苦しむヘブル人であることを知ったとき、エジプトの皇子として約束されていたすべての栄華栄光を捨てて、同胞とともに生きる苦難の道を選び、歩みだしました。「彼はキリストのゆえに受けるそしりをエジプトの宝にまさる大きな富と思いました」(ヘブル1124-25)とモーセの心境が記されています。

このような信仰による決断は、人を恐れていては何もできません、人を恐れていては何一つ始まりません。恐れの背景には「未知の出来事に対する不安の海」が横たわってます。もちろん恐れや不安は、悪でもなければ罪でもありません。私たちが安心して生きていく上で大切な感情機能であり、神様が与えてくださった賜物のひとつです。不安や恐れは無謀な危険を思慮深く避けたり、慎重な行動を導きます。でも、不安の海を渡らなければ望む岸にたどり着けないことも明らかです。ですから、恐れや不安がなくなることを待つのではなく、恐れや不安があっても、「神とともにおられる」ことを信、踏み出すことが何より大切であり、豊かな信仰生活を歩む秘訣となります。クリスマスにお生まれになった救い主イエス様は、インマヌエルの主であり、神がともにおられることを実感させ、体験させてくださる生ける神であることを覚えましょう。

マリアもヨセフもアリマタヤのヨセフもニコデモも、人を恐れず、信仰に立って歩みました。イエスの弟子であることは、私たちの喜びであり誇りなのですから。


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