【福音宣教】 イエスの涙

2023年5月21日(日)ルカ19:41
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いよいよイエス様は都エルサレムに近づき、エルサレムの全景を目の前にしたとき、涙を流されました。 しかも「号泣された」と訳しても良いほどの泣き方でした。この出来事はルカ福音書にのみ記されています。

それはエルサレムの滅亡という悲劇的運命をイエス様が予見しておられたからでした。

43節に詳細が記されています。相次ぐ反ローマ武力蜂起に業を煮やした「敵」すなわち残虐なローマ軍がついに都エルサレムを取り囲み、四方から総攻撃をかけてくる。その結果、町と神殿を守る城壁がすべて崩され、神殿・宮殿を含むあらゆる建物も完全に破壊され、エルサレムの都は瓦礫の山となってしまう。その上、エルサレムの住民は、老人から子供に至るまで、ことごとく虐殺されるであろうという歴史的悲劇が預言されています。

事実、エルサレムは約40年後の紀元70年9月に、将軍ティトス率いるローマ軍によって周囲を包囲され、都への入り口がすべて閉ざされ、水や食料の搬入が完全に封鎖されました。ローマ軍は兵糧攻め・餓死戦術を用いたのでした。歴史家ヨセフス(AD30-100)は「やがて飢餓が広がり、二階の部屋には餓死した女と子供で満ち、町の路地には老人の死体がうずたかく積まれた。・・・死を前にして人々は、先に死んでいった人を見て流す涙もなく、言葉を出す者もいなかった」と記しています。

この戦争で110万人が死に、10万人を超える男たちが捕虜として連れ去られ、ローマの円形闘技場の建設のための奴隷とされました。略奪された神殿の宝物がその建築費用に充てられたとされています。エルサレムの都は完全に破壊されつくし、人の住まない荒地となり果てました。こうしてイエス様のことばが現実のものとなりました。1948年にイスラエルが再び建国されるまで、およそ1900年間、イスラエル民族は国家無き民族として、世界中に離散したのです。

1. 神は裁かれる
エルサレムの滅亡は、ユダヤ民族の「不信仰」「不従順」の結果でした。「神の訪れ」(44)とは、父なる神がご自分の民の救いのため、平和の君として御子を遣わしてくださったことを意味します。しかしながら、ユダヤの民は「神の訪れの時を知らなかった」(44)つまり、神の御子キリストを受け入れず、「頑なに拒み続けた」のでした。

聖書が教える罪とは、もろもろの犯罪や不道徳を指すのではなく、端的に表現すれば、神が遣わされた救い主であるイエス様をかたくなに拒むことといえます。旧約聖書では、神の戒めへの違反、律法に背くことが罪とされましたが、新約聖書では、神が遣わされた救い主キリストを拒むことが最大の罪と呼ばれます。

ヨハネ3:16では「御子を信じる者は滅びることなく永遠のいのちを得る」とはっきり告げられています。

2. 神の御子は涙を流される


このような歴史的事実を振り返ると、神の裁きの厳粛さを覚えます。エホバの証人として生きていたある姉妹が、「神様が愛の神とは知りませんでした。私にとって神は、私が間違いを犯さないか、罪を犯さないか、ずっと監視している怖い方でしたから」と話されていました。確かに旧約聖書で描かれる神は、恐ろしい審判者、徹底的に不信仰な罪を裁かれる義と公正に満ちた神ですが、新約聖書においては、家出をした息子の帰りを待ち続け、赦し、受け入れる愛と忍耐の父なる神として、イエス様は示されました(ルカ1511-26)。

神の御子イエス様が、「涙を流された」(35)ことを決して忘れてはなりません。神の御子イエス様は、滅亡するエルサレムに対して激しく涙を流されました。聖書中の最も短い文章ですが、2か所のみ「イエスは涙された」と記されています。かつてベタニア村に住むマルタとマリアの弟が急な病で死んで墓に葬られました。家族や村の住民が嘆き悲しんでいる様子をイエス様はご覧になり、ラザロが葬られたその墓の前に立たれた時、「涙されました」(ヨハネ11:35)。この場合は、はらはらと涙を流されたというニュアンスが強いようです。

イエス様の涙は、罪と死の前に無力な私たちのために流された涙です。涙は愛がぬくもりで溶けたものです。イエス様の涙は深いあわれみ、同情、共感の涙です。神の御子が涙してくださる。それほどまで私たち無力な罪人を顧みてくださる。弱さや無力さ罪深さを痛みとして受けとめてくださっておられる。ここに私たちの大きな慰めがあるのです。

私の母は54歳で胃がんで入院し、わずか4日で亡くなりました。付き添っていた若い看護師が、母の臨終に際して「涙を流して」くださっていました。私はその涙に癒され慰められました。今も深く心に残っています。人の涙はその優しさとともに心にとどきます。ましてや神の御子の涙はいかばかりでしょう。その愛ははかりしれません。

さらに、この涙はイエス様をして、いよいよ十字架の道を歩ませる強い決意へと導いたことでしょう。私たちに対する涙と痛みがイエス様の十字架の道を強めていったとすれば、私たちもまた、弱さと涙と痛みの中で、大切なことを学び、「十字架を負って我に従え」と言われたイエス様を信じる道を、強められ励まされて歩むことができるのではないでしょうか。流す涙の数だけ私たちは多くを学び、人生の意味の深さを味わい、強くなり、ひとつ成長していくのではないでしょうか。

「私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます」(ロマ58

3. 神の訪れの日を受け入れよう

神様はイスラエルに多くの預言者を遣わし、ご自身の愛と救いの御心を示され続けました。最後に、ご自身のひとりごを世に遣わし、神の愛と救いの道を示されました。神の訪れ、御子イエスキリストの訪れこそ、神の民イスラエルにとってはラストチャンスであり、最大の恵みの時であったはずです。かつて2000年前、神の御子がエルサレムを訪れたように、神の御子は今日、あなたのもとを訪れてくださっています。御子イエスを拒むのではなく、無視するのではなく、頑なに避けるのではなく、受け入れ、お迎えしましょう。いつかそのうちにと意味なく引きのばすことも、拒むことと同様です。神の恵みの訪れを無駄にしてはなりません。

「そのうちにという汽車は遅かったという終着駅に着く」という西洋の諺があるそうです。韓国では「後悔した時には、終電は出発している」という諺があるそうです。

神の訪れの日を受け入れましょう。神の御子キリストはあなたの心の扉の前に立って、こころのドアをノックしておられます。

「私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。神は言われます。
「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」(2コリント
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