【福音宣教】 キリストにあってひとつ
2021年4月25日 ガラテヤ3:26-29       2021年度 総会礼拝説教

2021年度の標語は「さあ、神の家族の絆と環を広げよう」に導かれました。与えられた中心聖句は「みなあなたがたはキリストイエスにあって一つだからです」(28。)

1. 家族シリーズ

総会では、2019年は「あなたの家族をキリストのもとへ」、2020年「あなたの家族も福音の家族になろう」、2021年は「神の家族の絆と環を広げよう」と、3年連続で「家族シリーズ」となりました。今年の特徴は、絆を深めるとともに環を広げることです。

ドイツには音楽家の野村文子姉妹が生活をしています。委任状とともにドイツの様子を報告してくださいました。日本以上に厳しいロックダウンが持続されコンサートも全く開けないそうです。韓国にはプサンに戻られた元姉妹がおられ、祈ってくださっています。山口県には木田姉・ジョイ兄がおられます。臨時役員会にもZO0Mで参加してくださっています。滋賀県には山本兄がおられます。教会の交わりの環が国内・国外にも広がっています。コロナ禍のなかで、感染防止のために近くの人とはソーシャルディスタンスが必要ですが、不思議なことに遠くの人々とはかえってオンラインによるコミュニケーション手段が広がり、近くになりました。私がもし病気で入院してもパソコンを持ち込むことができれば、顔と顔を見合わせ、いつでも話ができます。日曜日には病室から説教を届けることも可能です。

2. 一つ

英語訳では28節は、ALL YOU ONE ARE IN CHRISTとなっています。 「ひとつ」と訳されたギリシャ語EISは、男性形ですので「一人」と訳す学者も多くいます。「ひとつ」と「ひとり」、教会はこの二つの要素を併せ持っているユニークな存在といえます。

・一つと訳した場合は、教会は一つの共同体であり、そこには分裂がなく一致していることが強調されます。パウロ時代の教会の中にはユダヤ人クリスチャン、ギリシャ人をはじめとする異邦人クリスチャン、ローマ帝国の市民権を持つ自由人、一方ではその支配下にある奴隷、男性と女性が共存しながら、古代社会のもつ身分差別・社会的障壁・偏見・貧富の格差を超えて、ひとつの共同体、ひとつの家族を形成していました。このあり方は教会の最大の特徴でもあり、最大の魅力でもありました。奴隷の身分の信徒や女性がリーダーや執事として用いられていたほどです。

「そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。」(コロサイ3:11)という、神の御前における平等と一致が満ちていたからです。

・一方、「一人」と訳した場合は、「バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです」(27)とあるように、「すべての神の子どもたちはキリストという同じユニフォームを着ている」ことを指しています。しかも、そのユニフォームは、神の子どもたちの最大のしるしである、「心の内側のフォーム」でもあるのです。つまり、イエスキリストの御霊が心に宿り、イエスキリストの似姿に一人一人が変えられ続けていることを指しています。「教会」が「一人のイエスキリスト」を表していると言えます。

宇治バプテスト教会はそのような教会でありたいと願います。一人一人が驚くほど個性豊かでありつつ、一人一人がキリストのいのちの香りを放つ、共同体であり神の家族でありたいと願います。

お祈りいたしましょう。

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