6月のメッセ−ジ   2002年

「天に宝を積む人はだれですか」 

「持ち物を売って施しをしなさい。自分のために古くならない財布を作り、
朽ちることのない宝を天に積み上げなさい。」 (ルカ12:33)


 遺産相続を巡って兄弟が争いイエス様に仲裁を求めてきました。イエス様はそこでこの譬話をされました。ある金持ちの畑が豊作で多くの収穫を得ることができました。金持ちはどうしたものか思案した結果、さらに大きな蔵を建て直して穀物を蓄え、「これで安心。あとは寝て暮らそう。」と言いました。

 すると神様は「おろか者、今夜おまえの魂がとられたら何になるのか」と警告されたというのです。この金持ちの心はどん欲と自己中心に蝕まれていました。すでに十分な財産を所有していたにもかかわらず、わざわざ新しい蔵に建て替え自分の富を蓄えようと考えました。神様に感謝して初穂をおささげすることも、一年間、労苦して働いてくれた小作人たちを労うことも、貧しい人々に恵みを分かち合うことも、彼には思いつくことさえなかったのです。

どん欲とエゴイズムは現代人の心をも深く蝕んでいます。毎日三万五千人以上の子供たちが世界中で餓えと病気のために死んでいることをご存知でしょうか。日本の企業の交際費の三分の二のお金があれば彼らをみな救うことができるとユニセフの児童白書は訴えています。

神の御子イエスキリストは誰よりも富んでおられたのに十字架にかかりすべてをささげ、惜しみなく与えて下さいました。私たちは彼の貧しさによって、罪の赦しと永遠のいのちという天の富を豊かに得る者とされました。

 信仰とは十字架のイエスキリストを見つめることです。無となられ十字架で死なれたキリストとお会いするとき、私たちは蝕ばまれてしまったどん欲とエゴから解放されるのです。

地上の蔵を次々と建てることを楽しむ人生と、他の人々の幸福と神の栄光のためにささげ、天の蔵に豊かに宝を積む人生があります。あなたはどちらの蔵を豊かにすることを願いますか。

     (2002年5月26日礼拝説教より)