6月のメッセ−ジ

「野の百合がどうして育つのか、よくわきまえ知りなさい。・・・・ しかし、わた しはあなたに言います。栄華を極めたソロモンでさえ、このような花の一つほ どにも、着飾ってはいません。」 (マタイ6:28−29)

1ヶ月ほど前、衛星放送で「イスラエルの花」と題する特別番組があり、興味深く見ました。不毛の砂漠地帯も春になると絨毯を敷き詰めたように色とりどりの野生の花が一斉に咲き乱れるそうです。水が豊富なガリラヤ地方では、丘陵地帯一面が緑と花で美しく覆われます。イエス様が指さされた野の花とは可憐に咲いている真っ赤なアネモネの花を指すそうです。

栄華を極めたソロモン王でさえ、この花ほど美しく着飾ることはできませんでした。野の花のいのちと輝きは金銀宝石に優ります。野の花はその存在のすべてを創造主である神に安らかに委ねています。神に委ねる心には思い煩いがありません。これが私たちが野の花から学ぶ第一のレッスンです。

日本と違いイスラエルの気候は雨季と乾季の2シ−ズンです。3月までの雨量によって春に咲く草花の種類と量が決まります。もし雨が降らなければ、カチカチに乾いた土の中で何年でも、種や球根は雨を待ちます。少しでも雨が降れば、一斉に花咲くことができるから、その時を静かに土の中で待ちます。

私たちは自分で、自分の時を支配したいと欲します。願ったことは1分でも早く手にいれたいと思います。自分の思うようにならないと焦ったり、いらだったり愚痴ったりします。成功している隣人を見るとねたましく思い、冷たい態度をとったり、嫌みの一つでも言いたくなります。神様は一人一人にすばらしい人生の御計画を立てて下さっています。神様の御心の時が来たならば、最高の人生がそこには用意されています。神様のなさる良きことを待ち望みましょう。これが野の花から学ぶ、第2のレッスンです。

イスラエルの花は長くて2週間、短ければ2〜3日で枯れてしまいます。「今日あっても明日は炉に投げ入れられる」ほど、はかないいのちです。ですからイスラエルの子供たちは野の花を摘むことを決してしないそうです。私たちも病気、事故、災害、老いにさらされながら今を生きています。私たちの一生もはかないものです。はかなさを自覚するところからいのちへの感謝が生まれます。これが野の花から学ぶ、第3のレッスンです。

神様の永遠の腕が私たちの人生の根底にあります。明日を導かれる父がおられます。それはなんと幸いな1日でしょう。