2002年度 クリスマスメッセ−ジ

                 2002/12/22

 「地に平和があるように」


「すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
(ルカ2:13−14)

クリスマスおめでとうございます。

1 この世の光の限界

クリスマスのひとつのイメ−ジというのは、闇の中に輝く「光」だと思います。そしてしばしば光は希望のシンボルとみなされています。阪神淡路大震災からの復興を願い、市民に希望の光を届けたいと神戸ルミナリエが始まりました。光に包まれるだけで元気が出で来るものです。暗い話題が多いさっこん、少しでも明るく希望をもちたいとの願いからでしょうか、庭の木やベランダにクリスマスのライティングをするご家庭が最近増えつつあります。しかしながら自然界の光も人工的な光も2つの大きな限界があります。1つはいつまでも輝き続けることができず、光が消えてしまう時が来るということです。石炭や石油、原子力の資源にも限りがあります。人類にとって最大の光である太陽でさえ、寿命は後60億年と推定されています。決して永遠に輝くことはないのです。

もう一つの限界は、これらの光は私たちの目に見える世界を照らすことはできますが、心の中まで照らすことはできないという点です。病院に行けば胃や大腸の中まで光で照らし、内視鏡で見ることができますが、残念ながら人の心の中まで照らしだすことはできません。

今日この場に座っている皆様の中に、心の中が闇でつつまれているという方はいらっしゃいますか。明るく装っているものの本当は心がまっくら、不安と失望でつぶれそうですといわれる方がいらっしゃいませんか。私の友達が昔、「歩く地下室」と仲間から呼ばれていたそうです。よっぽど暗かったのでしょうね。不景気のどん底でどうやって事業の借金や家のロ−ンを返していこうか、子供の学費を念出してゆこうか、お先まっくらといわれる方が身近にいらっしゃるかもしれません。経済問題ばかりでなく、人間関係で悩み疲れ、心が重くて暗いといわれる方もおられるのではないでしょうか。私たちがかかえる悩みの80%近くは人間関係といわれています。親子の問題、夫婦の問題、嫁姑の問題、親戚付き合い、近所付き合い、職場の上司とうまくそりがあわないとか、若い方ならば失恋の痛手から立ち上がれないとか、友達と喧嘩別れしてしまったとか、数えればきりがないほど私たちは悩み落ち込みます。そして失望、絶望、いっそう死んでしまいたいとか、生まれてこなかったほうがよかったというような心の闇を経験することがあります。そんな私たちに聖書は、神の御子イエスキリストの希望に輝く約束のことばを伝えています。

2 いのちの光の輝き

「私は世の光です。私に従う者は決して闇の中を歩むことがなく、

いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)

世の光とは、世界中のすべての人を照らすことができる唯一の永遠の光であることをあらわしています。神の御子イエスキリストは世界中のすべての人々のための救い主としてお生まれになりました。ですからどの国の人であっても神の御子イエスキリストを信じて永遠の命を頂くことができるのです。キリスト教は外国の宗教、外国の神様だという人がいるならば、仏教もそもそも外国の宗教、お釈迦様もインド人であったことを思い出していただきたいのです。世界中で約16億人の人々が国籍を超えてイエス様を救い主と信じているのです。

いのちの光とは、太陽の光も決して届かない心の中の暗闇にまで差し込み、照らし出し、その人の人生に希望と喜びをもたらし、その人を新しく創りかえることができる力に満ちた光であることを意味します。イエスキリストを信じるならば、暗闇の中をひとりで歩むような淋しさと恐怖をもう2度と味わうこともないのです。

クリスマスの夜、天使が羊飼いに現れて、救い主の誕生を告げたとき、「主の栄光が周囲を照らした」(ルカ2:9)ので、羊飼いたちはまばゆい光につつまれたことが聖書に記されています。当時、羊飼いはだれからも人間扱いされず、社会的にもっとも虐げられ差別されていた貧しい人々でした。何の希望も喜びも将来に見出せない人々でした。そんな羊飼いたちに真っ先に、救い主キリストの誕生が告げられ、彼らの暗く沈んだ心に大きな希望と喜びの光が差し込んだのでした。

3 平和への祈りの光

御使いは続いて羊飼いたちに「地の上に平和が御心にかなう人々にあるように」と神の御心を明らかに示しました。永遠の愛に満ちた天の父なる神様は、地に住むすべての人々が希望と平和に満たされることを願っておられます。希望を失い悲しみに圧倒され暗く打ち沈んでしまった心に、希望の光が輝き、喜びと平和で満たされることを願っておられます。

今年、私たちは空爆で学校を破壊されてしまったアフガニスタンの子供たちに学校を贈りたいとの願いから、盲目のピアニスト・酒井和夫さんと大阪女学院ゴスペル部と共催してチャリティ−コンサ−トを開き、収入をアフガニスタン人のスルタン・ヒレルさんが主催するNGO「希望の光」に奉げました。ヒレルさんは留学生として京都大学医学部で学んでいる間に、故郷で20数年にわたる戦争が始まり、帰国できなくなり、さらに戦争で兄弟を失ってしまいました。日本の大学で教えながらアフガンの故郷に住む戦争孤児たちを養子にして彼らの生活を支え、戦争の最大の犠牲者である子供たちに希望の光を与えたいと小学校の建設に励んでおられています。「みなさまのような友達をもてたことを誇りに感じます」と感謝のメ−ルを頂きました。イスラム教徒のサレヒさんですが、イギリスに留学していた頃はキリスト教会にも通っていたと言われていました。イスラム教徒のサレヒさんとキリストの名によって平和のために共に祈ることができた経験は私にとってほんとうに意義深い大きなものでした。

御心にかなう人々とは、りっぱな正しい完全な人という意味ではなく、父なる神様に愛された人々という意味です。あなたは神様に深く愛されているのです。神様からあなたが深く愛されているという恵みの事実、そのことを信じる人々こそ神の御心にかなう人々なのです。そして神はあなたがどんな事情境遇の中にあっても、希望と平和を心に持って生きてゆくことができるようにと願っておられます。あなたが自分に失望しようと愛想をつかそうと、それでも神様はまだあなたに失望しておらず、あなたに愛想をつかしておらず、あなたを愛しておられるのです。

皆さん、今、わたし達は厳しい社会的環境に取り囲まれています。個人的にも一人一人さまざまな人生の重荷を背負って生きてゆかなければなりません。けれども、クリスマスの日、愛に満ちた天の父なる神様は、救い主イエスキリストを世に遣わしてくださいました。それは御子イエスキリストを信じる者が決して闇の中を歩くことがなく、いのちの光に照らされ希望と平和に包まれて生きるようになるためでした。御子キリストは十字架にかかり私たちのすべての罪を赦してくださいました。そして3日後に復活され、永遠のいのちに生かされる希望を明らかにしてくださったのです。

どんなに夜が暗くても、朝、太陽が昇れば夜の闇は消えてゆきます。あなたを失望させ、孤独に陥らせ、不安や恐れを掻き立てる心の闇がどんなに深くても、いのちの光を持つ神の御子イエスキリストがあなたの心に住まわれるならば心の闇は消えてゆきます。闇が光に勝つことはないからです。

             2003回目のクリスマスの日、

       あなたの心が平和と希望で満たされますようにお祈りいたします。

                                                    

                    祈り

クリスマスの良き日、暗闇に覆われ、心沈む者に希望の光を与え導き続けてくださる

救い主の誕生を心よりお祝いいたします。私たちの心を平和で満たしてください。