| シロアム教会 礼拝説教要旨集 |
| 2026年6月 | 7日 | 14日 | 21日 | 28日 | 目次に戻る |
| 2026年6月7日 |
| 「忠実な者」加藤豊子牧師 ルカによる福音書16章1−13節 |
◇ 主イエスが語られた「不正な管理人」のたとえは、大変理解しにくいお話です。主人の財産を無駄使いしていたという管理人がいて、そのことが主人に告げ口されてしまいます。彼は管理の仕事をやめさせられても困らないようにと、自分を家に迎えてくれる友達を作ろうとします。具体的には、主人に借りのある人を呼んできて、その証文を書き直させて、安くしてあげたのです。油100パトスを50パトスへ、小麦100コロスを80コロスへ…これは、相当な金額を安くしたことになります。 ◇ 主人にとっては大損のはずです。しかし主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめたのです。この世の子らは光の子らよりも賢くふるまっていると言って、その賢さを評価されています。不正を行うことが勧められているわけではありませんが、何故主イエスはこの管理人の賢さを認め、褒められたのかと不思議に思わされます。 ◇ 「どんな召使も、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」(13節) 弟子たち、そしてわたしたちに向けて語られている言葉です。わたしたちは、神と富と、その両方を主人として仕えることはできないとということです。 ◇ 「富」は元の言葉で「マモン」と言います。その意味は「頼りになるもの」です。わたしたちが神様ではなく、富を頼りに生きて行こうとするならば、その富は偶像のようになり、やがてわたしたちはその富に支配されるようになるかもしれません。富はお金だけではありません、わたしたちは様々な良い物、富を神様から託されているのです。そしてその富を、神様の期待に応えて用いるようにと招かれています。 |