説教の要約:2015年4月
 
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第一主日復活祭(イースター)礼拝:2015年4月5日
 
説教者 加藤信治師
 
今週の聖句
「すると、イエスは彼らに出会って、『平安あれ』と言われたので、彼らは近寄りイエスのみ足をいだいて拝した。そのとき、イエスは彼らに言われた、『恐れることはない。行って兄弟たちに、ガリラヤに行け、そこでわたしに会えるであろう、と告げなさい』。」(マタイ28:9,10)
 
題「甦られた主にお会いして」(マタイ28:1-10)
 週の初めの日に、まだ暗いうちに女たちは墓に行った。地震が起こり、墓を塞いでいた石が転がされ、天使が女たちに告げた。恐れるな。主イエスは予告通り甦られて、墓にはいない。弟子たちに甦りと、ガリラヤへ行くように告げるように。
 その事を告げに女たちが行く途中で、主イエスは女たちに出会われ、言われた。
@甦られた主イエスが、恐れるなと言われ、平安があるようにと告げられた。十字架にかかられる前に、平安を残していくと言われた(ヨハネ14:27)。父なる神が共におられる平安である。
A主イエスは行って兄弟たちに告げるように遣わされた。この女たちを愛し、大事な使命を託された。
B弟子たちがガリラヤに行くように。ガリラヤは弟子たちの故郷であり、すでに伝道をしてきた地であるが受け入れにくかった地である。弟子たちは復活のイエスに出会って、イエスを見捨てた弟子たちが赦しの確信を得、新たな召命を受け、世界に遣わされる使命を受けた。
 
 
 
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第二主日聖餐式礼拝:2015年4月12日
 
説教者 加藤信治師
 
今週の聖句
「するとイエスは彼に言われた、『サタンよ、退け。「主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ」と書いてある』。」(マタイ4:10)
 
題「ただ主にのみ仕えよ」(マタイ4:8-11)
 悪魔は主イエスに、この世の栄華や富と権力を見せ、自分を拝むならそれを与えると試みた。人は富や権力に弱い。〔「神と富みとに兼ね仕えることはできない。」(マタイ6:24)〕悪魔は人の心を捉え、罪によって縛り、この世を支配しようとする。
1)主イエスは、「サタンよ、退け」と撃退された。サタンは人間的な弱さにつけ込んで誘惑する。ペテロも主イエスに叱責された。高慢になったり自分の義に立とうとする時、神の御心をないがしろにしてしまう(マタイ16:23)。人間的な思いの中に悪魔が巧みに偽りや自己中心的な思いを吹き込んでくる。
2)「主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ」(申命6:13)。主なる神を礼拝し、ただ主にのみ仕える時、神の栄光が私たちを包む。神の霊に満たされ、御霊の実〔愛、喜び、平和(平安)、寛容(忍耐強さ)、親切、善意、誠実、柔和、自制(節制)〕を結んでいく。父子聖霊の神が愛の関係を持っておられるように、イエス・キリストの御霊が私たちの内に働いて、霊の実を結ばせて下さる。物質的な富ではなく、霊的富をこの神によって満たしていただきたい。
 
 
 
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第三主日礼拝:2015年4月19日
 
説教者 加藤育代師
 
今週の聖句
イエスが再び目の上に両手を当てられると、盲人は見つめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見えだした。(マルコ8:25)
 
題「イエスへの開眼」(マルコ8:22〜26)
ここはイエス様が一人の盲人を癒やした奇跡を伝えている。そして、ここには、3種類の「見る」が出てくる。イエス様は、段階的にこの盲人を癒やされた。その各段階で、イエス様の愛が先立っている。
@主の愛で希望を見上げる
主イエスが真の光、真実の唯一つの光。暗闇が打ち勝つことのできない光、これがイエス様である。この方に照らされ、この方を心に迎える時私たちは救われる。この方の光が、私たちを照らす。盲人はまさに光を見上げた。盲人の目に人の存在がぼんやり見え始めた。イエス様の愛で、私達の人生も真っ暗闇の人生から、希望の光が輝く人生に180度変わった。感謝するばかりである。しかし、それはイエス様への開眼の始まりにすぎない。
A主の愛でじっと見つめる
25節の「見つめる」の元の訳は「じっと見つめる」である。盲人は、自分の意志で、じっとイエス様を見つめたのだ。私達は、私達の人生が神さまから祝福された人生、真実に幸せな人生となるために、イエス様をはっきり見る必要がある。
B主の愛ではっきり見える
ここで大切なのは、主イエスがはっきり見えるなら、すべてのものがはっきり見えて来るということ。私たちの様々な問題にも主の目が与えられてゆく。
箴言2章には、大切な言葉が記されている。
 「あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知に向けるなら、(・・・つまりイエス様)・・・銀のように、これを捜し、隠された宝のように、これを探り出すなら、そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見出そう。主が知恵を与え、御口を通して知識と英知を与えられるからだ。」(2〜6節)
 
 
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第四主日礼拝:2015年4月26日
 
説教者 加藤信治師
 
今週の聖句
ハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、『時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ』。」(マルコ1:14,15)
 
題「神の国の福音を信ぜよ」(マルコ1:14、15)
1)「時は満ちた」。赤ちゃんが母の胎に宿って、時が満ちて出産する。神の民が様々な試練や苦しみを通りつつ、王、預言者、祭司の助けに支えられつつ待ちわびてきた神の救いの時が満ちてきている。
2)「神の国は近づいた」。神の国:神の支配。主なる神が支配される国、神の御心が行われている国。主イエスが来られて、病や身体の不自由が癒され、悪霊が追い出され、死人が生き返り、罪が赦され、サタンの支配から解放される働きが起こっていった。主イエスは、「マタイ12:28 わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのであると言われたが、主イエスを通して神の国が始まった。しかし、サタンがこの世を支配していると見える争いや悲しい出来事に取り囲まれており、神の国が進んでいる世である。
3)「悔い改めて福音を信ぜよ」。神の支配に生きるためには、既にある古い支配から出なければならない。このためにキリストは悔い改めを求めた。悔い改めるとは、罪を犯した者がその罪を悔いる。立ち帰る。今までの歩みの向きを変えて、本来自分の帰るべき所に帰る、天の父が神であることを改めて知り、帰るべき故郷を見出し、帰って行く喜びが告げられる。福音(Evangelion ユーアンゲリオン)は 勝利の伝令のような戦争の勝利や出産など、喜ばしいことを伝える手紙などを指した。神が勝利して下さる、神の恵みが、神の愛が勝利して下さる。その勝利に喜びに招かれている。サタンが支配しているのではない。
 
 
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第主日礼拝:2015年月日
 
説教者 加藤信治師
 
今週の聖句
 
今週の聖句
 
 
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