礼拝説教要約 「人を生かす言葉」ヨハネによる福音書4章43-54節

20207月12


  イエスがガリラヤのカナに行かれると、ヘロデ王の家来の役人がイエスのも とに来て、自分の息子が病気で死にそうになっているので助けてほしいと願っ た。すると、イエスは、「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」「あなたが たは、しるしや不思議な業(奇跡)を見なければ、決して信じない」と言われま したが、役人が食い下がって求めるので、イエスは「帰りなさい。あなたの息子 は生きる」と言われました。すると、その役人はイエスの言葉を信じて、奇跡の 業を見ることもなく、踵を返して息子のもとに帰って行った。そして、その帰り 道に、イエスが癒してくださったと知りました。イエスは、神の子であり、神の 力をもって、死の淵から助け出してくださいました。

 
イエスの慈しみ深さと力を讃えます。そして、イエスの言葉を信じた役人の信 仰を讃えましょう。イエスから拒絶されたかのような言葉を聞かされましたが、 諦めなかった。イエスの奇跡の業を見なくてもイエスを信じました。「あなたの 息子は生きる」、イエスのこの言葉、ただこの言葉を信じ続けました。

  ヨハネ福音書1章の言葉を振り返ります。 「1 初めに言があった。言は神と共 にあった。言は神であった。・・・言によらずに成ったものは何一つなかった。 4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。」

  この箇所で、イエスの「言葉」のことは「ロゴス」という言葉です。1章1節 の言(ロゴス)と同じ。神の子イエスの発する言葉(ロゴス)は、神の愛の込められ た言葉、神の御心。それをこの役人は素直な心で、一心に受け止め信じたのです。

 
1章11節以下「11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかっ た。12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子と なる資格を与えた。13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってでは なく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。」

 言であるイエスにとって、ご自分の民とはユダヤの民。ユダヤの民は、イエス のことを受け入れなかった。ならば、この役人はユダヤ人ではない。しかし、イ エスを真っすぐに信じた。神の言葉、ロゴスを受け入れていた。福音書によれば、 「血によってではなく、・・・人の欲によってでもなく、神によって生まれた」 人です。神の霊がこの人に注がれ、イエスを救い主と見る目を与えられていた。


 
しかも、今日の個所で、イエスの故郷ガリラヤの人たちが不信仰であるという ことが言われています。イエスのなす業、しるしや不思議な業を見ないと信じな い人たちであると。けれど、この役人は違っていた。イエスを信じ、受けれたの です。多くの人が不信仰な人たちの多い場所だと思っていところにも、人の思い をよそに、イエスを信じ受け入れる人がいたのです。

 使徒言行録18章、パウロがコリントにいたユダヤ人に、イエスが救い主だと 語った。すると、パウロに反抗し、口汚くののしった。パウロは堪忍袋の緒が切 れて、その人たちを相手にするのをやめた。すると、主は幻の中で言われた。「恐 れるな、語り続けよ、黙っているな。わたしがあなたと共にいる。・・・この町 には、わたしの民が大勢いる。」と語り掛け励まされた。どこにいるのか誰なの かわからない。それは千人に一人かもしれない、一万人に一人かもしれない。け れど、 「語り続けよ。」探し続けよと、主は励まされた。今も、私たちを励まして くださる。私たちの思いをよそに、信じる人がいる。神によって生まれた人がい る。人間の理屈や予想をよそに、神様は信じる心を、この人あの人に与えてくだ さっている。

 私たちは、油断することなく、慢心することなく、目を覚ましていよう。今、 これからも、私たちが、信じる心を与えられた、あの人、この人でありますよう にと、信じる心を与えてくださいと祈っていこう。イエスの言葉、聖書の言葉に、 神様の慈しみを見出し、神様に助けていただき、恵み豊かな歩みをなしましょう。

 創世記18章で、アブラハムに神様は言いました。「ソドムとゴモラの罪は非 常に重い、と訴える叫びが実に大きい。」アブラハムは、食い下がります。「まこ とにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい 者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町 をお赦しにはならないのですか。」主は言われた。「正しい者が五十人いるならば、 その者たちのために、町全部を赦そう。」このようにして、五十人が四十五人、 三十人、二十人、ついに十人になり、主は言われた。「その十人のためにわたし は滅ぼさない。」

 ガリラヤの人たちが不信仰であっても、たった一人、この役人の信仰によって、 ガリラヤに向けて、神は温かい眼差しを向けて続けておられる。私はそう信じま す。私たちが住んでいるこの社会が、不信仰であっても、神様はすぐに裁くとか 滅ぼすとかなさらず、神の御心、ロゴスを受け入れる時を待ってくださる。神は パウロに語り掛けられたように、「恐れるな、語り続けよ、黙っているな。わた しがあなたと共にいる。・・・この町には、わたしの民が大勢いる。」と私たちに 言われている。そのことを、そのようになることを信じたい。

 「光あれ。すると、光があった。」神が「光あれ」と言われるなら光がある。 神様のみ言葉が成就する。これが、私たちの信仰です。闇の中にも光がある。神 様は私達の救いを願っている。全ての人の救いを願っている。この世の闇に向か って、今も神様は、光あれと言いわれる。私たちの心の中の闇に向かって、光あ れと言われる。イエスに救いを求めた役人は、イエスの言葉を信じて救われた。 神様は「光あれ」と言われ、私達の心の中を命の光で照らしてくださっています。


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