感謝祭

2015年11月22日
聖霊降臨後最後の主日


ダニエル 7:9-10
フィリピ4:6-20 (感謝祭の日課)
マルコ 13:24-31

今週、日本にも、アメリカにも、感謝の祭日があります。日本では、11月23日の月曜日は勤労感謝の日で、木曜日はアメリカでは感謝祭です。感謝祭は元々収穫の祭りでしたが、今頃は、感謝すべき すべての物の為に感謝する事になりました。それで、今日、感謝について話しましょう。

先ず、「感謝」と言う言葉を定義しましょう。先ず、嬉しい気持ちで始めます。次に、その嬉しさの原因とは、別の人が自分の為にして下さった事からです。それでありがたいと思います。自分でその事をしなかったと認めます。自分自身が何か良い事をしましたら嬉しいでしょうが、自分で自分に感謝しないでしょう。他の人が自分の為に何かをしたので、その人に感謝します。

もし、感謝する気持ちが無ければ、その理由とは、1、誤解して自分がその良い事をしたと思う事です。2、他の人がした事を自分がしたと考えます。それは嘘で、盗む事に過ぎないのです。3、自分が傲慢で、プライドが高いので、別の人が自分より優れていると認めたくないのです。4、他の人の前で、自分が弱いように、けんそんのように見せたくないのです。5、その他。

感謝の気持ちを感じる事が大切ですが、その感謝を表現して、「ありがとう」と話す事も大切です。もしかしたら、どの国の国語でしても、「ありがとう」と言う言葉が一番大切な言葉の一つです。私が知っているのは、日本語を勉強し始める時、最初に習った言葉の一つは「どーも」でした。あなたは、どこの国語を少しでも学んだ事があっても、多分、単語の数が少なくても、多分「ありがとう」と言う言葉を知るでしょう。[“Thank you, Danke, シェシェ。”] 言い過ぎないと思わないのですが、「ありがとう」と言う表現は、「君を愛している」と同じです。何故ならば、聖書の「愛」と言う言葉である「“アガペ”」が表すのは、二人の間には関係がある事です。このような愛は「隣人を愛せよ」と言う表現です。

誰かがあなたに「ありがとう」と言いましたら、どう感じますか。又、もしあなたが誰かに感謝を言わなければ、どうなるでしょうか。誰かがあなたに「ありがとう」と言わない時、どう感じますか。これは面白いです。もしあなたは誰かの為に特別な事をして上げますと、その人が感謝しないと、あなたの気持ちはどうでしょうか。がっかり、怒り、無礼に扱われた?その感謝を知らない人との縁を切りたいと思うかも知れません。それこそは愛の反対です。感謝を知らない人、無礼な人に対するのは、忍耐と愛が必要です。

しかし、私達は罪深い人です。自己中心的で、プライドを持って、感謝することを知らない、失礼な人です。それでお母さんは、子供が「ありがとう」と言うように教えます。私達皆、又、国民全体に感謝の気持ちを教える為に、法律を作って、感謝する為の祭日を作ります。又、教会の礼拝の式の中にも、教会の教えの中にも、いつもキリストが私達の為にして下さった事を思い起こします。礼拝と歌と祈りと私達の生活振りにもその感謝を表現します。

しかし、私達は罪深い人です。自己中心的で、プライドを持って、感謝を知らない、失礼、又無知な人です。ご馳走を食べましたら、確かに、料理をした人に「ありがとうございます、ご馳走さまでした」と言うでしょうが、感謝すべき他の人もいます。食事の料理人クックさん、買い物をした人、店の店員、食品を配達する人、農家、又農家に種と肥料を売る人などです。そして、勿論、太陽を照らしてと雨を降らして下さったのは神様です。それをする為に神様に感謝する事をおぼえますか。今週の祭日はそれをする機会です。

勿論、神様は全世界を愛して、出来るだけ多くの人々に七面鳥を始め、すしやラザーニャ、又、難民キャンプで、一握りのトウモロコシのおかゆを下さいます。感謝の日には、何でもかんでも神様の御手から来ると分かって、確信を持って世を愛する神様に祈ります。神様から頂いた祝福の為に神様に感謝して、そして、神様はすべての人々にも同じように祝福するように祈ります。

しかし、一番大きな感謝すべき祝福とは救いです。私達の罪を赦す為に、十字架上で死ぬ為にイエス様を送って下さったので、神様に感謝します。赦しの為に感謝します。神様は世のすべての人々を愛します、罪人をも愛して、すべての創造物に食べ物を下さいます。しかし、私達を救うのは赦しです。

教会の中では、神に感謝を表す特別の方法があります。キリストの体と血の犠牲をいただく為に主の食卓に集まる時、私達は救いの為に神様に感謝します。この礼典を「聖餐式」や「主の晩餐」や「祭壇の礼典」とも言いますが、もう一つの言葉は、「ユーカリスト」です。「ユーカリスト」は聖書のギリシャ語で、「感謝」と意味します。聖餐式及びユーカリストの式文に、5回ぐらい、「感謝」と言う言葉を歌ったり話したりします。イエス様が私達の罪を赦す為に十字架上で死んで下さった事に感謝します。又、イエス様のご契約の約束をおぼえて感謝して、自分の信仰を新しくします。これは食事の形にします。イエス様はその晩餐の主人で、私達にご自分の尊い体と血を下さいます。

今週の月曜日と木曜日の祭日が来ますと、神様が本当に私達に必要な物全部下さる事を再び確認します。それで嬉しいので感謝します。料理をする人を始め、スーパーマーケットの人々にも、農家にも、そして特に、神様に感謝します。そして、今日の旧約聖書、ダニエル書が教えるように、私達の名前が命の書に書かれているので、感謝します。又、今日の福音書でイエス様が弟子達に言われたように、主の御言葉は決して滅びないないので、感謝します。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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