教会の中で、どこで座るのが好きですか?

2019年9月1日. 合同礼拝

ルカ14:7-14

今日の福音書では、イエス様は、宴会の席を選ぶ事について話しました。「14:10 招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。11 だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。《

日曜日の朝の教会礼拝は、食事会のようです、特に、聖餐式がある時です。その時、一番良い席とは、私達のホストhostであるイエス様がおられる祭壇です。イエス様は、真正面の私たち皆が見える所にいます。イエス様が話す時、私達は彼の言葉をはっきり聞きたいと思います。「これはあなたがたの為に与える私の体である。これは罪の赦しの為にあなた方と多くの人々の為に流す 私の血における新しい契約である。《と。

日曜日の朝の教会の食事会の宴会に来る時、あなたはどこに座るのが好きですか。ある人は一番前の列が好き、ある人は一番後ろの方が好きです。後ろに座る人に、イエス様の言葉のように、『さあ、もっと上席に進んでください』と言ったら、多分その栄光を断るでしょう。私が子供の時、私の家族はいつも教会の後ろの列に座りました。その長い椅子にこう書いていた札(ふだ)がありました、「小さい子供のいる家族の為に予約されている《と。私達子供達が大きくなりますと、私の母にとってちょっと惜しかったのは、教会の前の方に移らなければならない事でした。しかし多くのお母さん達が言うのは、子供が大きくなって、静かに座る事が出来る時、説教などを聞く事が出来るので、嬉しい事ですと。

私のおじいさんはいつも礼拝堂の二階の席に座りました。そこに座る人が少ないので、寂しそうと私は思いました。私は彼に聞きました、「どうして独りで二階に座りますか《と。「わしが座る所は、スピーカに近いので、礼拝と説教を良く聞く事が出来るからです《と答えました。数年後、おじいさんは私達の家に住みました。いつも教会に行く事が出来ませんでした。教会学校の後に家に帰りますと、おじいさんは椅子に座って、耳の当たりにトランシスター・ラジオをあてて、ルーテル・アワーを聞いて、そして、最後に、自分の声を出して、ラジオの牧師と共に主の祈りを祈りました。

教会の中にいませんでしたが、教会にいました。

教会の中で私の好きな所とは、説教台の後ろに立って神様の御言葉を語る所です。私にとっては、光栄の所ですし、けんそんな所もです。わくわくする時とは、会衆の皆さんに、神の御言葉を語る説教が聖霊から与えられた時です。律法と福音です。律法は、私達の罪を表わすのですが、同時に世の罪の結果も表わします、即ち、病気、憎しみ、争い、痛み、悲しみ、孤独、恐れなどです。そして、福音のメッセージが人間の苦しみの中から私達を救い出す時、それは聖霊の奇跡です。十字架上のイエス様の苦しみと死が、私達の為の神様の愛を表わしますそして、復活は、神様の愛と力を現します。それで、赦しと癒しと希望と平和があります。

イエス様は席を選ぶ事について話しました。知恵を持って選ぶのは大切です。イエス様の弟子の2人のストーリを聞いて下さい。

マルコ10:35-40.
35 ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。《
36 イエスが、「何をしてほしいのか《と言われると、
37 二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。《
38 イエスは言われた。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。《
39 彼らが、「できます《と言うと、イエスは言われた。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる。
40 しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、定められた人々に許されるのだ。《

イエス様が栄光を受ける時とは、十字架上で茨の冠でユダヤ人の王としている時です。私達の救いの為に、イエス様は十字架の席を選びました。苦い(にが)苦しい(くる)杯(さかずき)を飲み、死の洗礼を受けた時でした。栄光を受けた時、イエス様の右と左には、2人泥棒でした。それなのに、ヤコブとヨハネも私達も、イエス様と共に死ななければなりません。それは、イエス様と共に復活する為です。私達にも受ける洗礼があり、飲む杯がありますが、それらが私達に永遠の命と喜びを与えます。

イエス様は言われました、「14:10 招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。11 だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。《イエス様は私達皆をご自分のそばに来るように招かれます。ご自分の食卓の所に招きます。彼はその宴会の会長で、私達に聖餐を下さいます。私達を愛して、私達に栄光を与えます、即ち、ご自分の友として、天の父の子供達として、ご自分の兄弟姉妹としての栄光です。

教会の中で私の一番好きな所とは、祭壇の所です。しかし、私達がどこにいましても、イエス様はいつも私達と共にいますので、どこにいても、幸せです。キリストが私達と共にいてくださいますので、私達はいつもその栄光をいただきます。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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