宗教改革説教シリーズ#4 
Sola Scriptura - 聖書のみ

2017年10月22日


宗教改革時代以来、この500年で、ルーテル教会にとって、とっても大切なテーマがいくつかあります。“恵みのみ、信仰のみ、キリストのみ、聖書のみ”です。今日、“聖書のみ、”ラテン語では、“Sola Scriptura”について話しましょう。A. 「聖書」とは何ですか。B.どうして宗教改革時代にこのテーマが大切か。 C. どうして今も私達にとって大切かについて話しましょう。

A. 「聖書《と言う言葉は、「聖なる書いた物《と意味します。「聖なる物《とは、神様に属している物です。神様について、聖霊なる神様によって書かれている物です。ですから特別な物、大切か大事な物,正しいもの、権利がある物です。ですから「聖書《と呼ばれています。ところで、カタカナで書いて、「バイブル《とも言います。「バイブル《と言う言葉は英語ですが、元々はギリシャ語で「本《、普通、一般的な本や書物です。ですから、“Holy Bible” 即ち、“聖なる書物―聖書”と言います。その上、聖書は権利がある書物であるので、権利があるガイドブックも「何何バイブル」もいいます。

どうして私達が聖書を信じるでしょうか。個人的に言うと、私が聖書を信じる理由とは、イエス様が私の罪の為に死んで、私を救うため、3日目に復活したからです。この福音によって、聖霊が私を信仰に導いて下さいました。今度、聖書がそれを真実に伝えるので、私は聖書を受け入れます。信仰がなければ、上信者が小説を読むと同じです。しかし、信仰があれば、神様の啓示になります。

聖書を解釈する方法は、人間の考えや哲学や科学や自分の良い気分に基づいていないで、聖書そのものに基づいています。「聖書は聖書を解釈する」と言う表現があります。あとでこれについてもう少し話します。

B. 宗教改革時代の質問とは、聖書の正しい解釈と、その解釈を決める人です。実は、聖書の解釈は、聖パウロ時代からです。聖パウロは、どのようにイエス様が旧約聖書の預言を成就したか説明しました。初代教会の中には、聖なる三位一体についての問題がありました。イエス様は同時に神であり人間であるかどうかの問題でした。A.D.325年に、ニケヤと言う場所に、大きな教会会議がありました。三位一体を正しく述べる信仰告白として、ニケヤ信条を認めました。でも、いつも人々が自分個人的な考えを本に書きました。人気になったものが教会全体に広がりました。ローマ法王がそれを認める時、正式な教会の教義になりました。それで、免罪符、聖徒への祈り、煉獄、ざんげ、祭司が結婚する事が出来ない事など、等、等が教会の中に入り込みました。

マルテン・ルターは聖書を勉強して、その多くのものを見つけませんでした。いや、聖書の教えの反対するものも発見しました。それで、ルターはその95か条を書いて、又ほかの多くの本やトラクトも書きました。ルターの本は教会の正式な教えの反対であったので、教会は、ルターがそれを取り消すように、公に自分が間違っていて、教会が正しいと言いなさいと命令しました。ドイツのウォルムスの町で、ドイツの皇帝の前に連れてこられて、会議がありました。その時、ルターは彼の有吊なスピーチを話しました。

「私は聖書と明白な理性によって確信するのでない限り、私は教皇と教会会議の権威(けんい)を認めない。 … 私の良心は神のみ言葉にとらわれているのであるから。 私は何も取り消すことができないし、取り消そうとも思わない。なぜなら、良心に背(そむ)くことは正しくないし、安全でもないからだ。我、ここに立つ。それ以上のことはできない。神よ、助けたまえ。アーメン。《

言い換えますと、ルターは「聖書のみ《と言いました。

C. 現代の教会の中では、私達も「聖書のみ」の上に立つべきです。何故ならば、先ず、私達が住む世は、聖書を無視するからです。又は、教会の中に、聖書のみとは、聖書の解釈を100年も前のように全然変えないで、今も文語体の聖書を使う教会があります。

聖書に何かを加えたい人もいます。モロモン教やエホバ証人などは、自分たちの書物が聖書より優れていると思います。

聖書から何かを取り消したいと思う人もいます。ある箇所は上便です。自分がしたいと思う罪を禁じる聖句を消したいと思います。又は、本当の意味を無視して、新しく解釈します。それで、良い良心で、好きな振る舞いや罪や欲張りや偏見などが許されています。又、聖書から奇跡、預言、イエス様の復活などを取り消したい人もいます。

又、聖書が自分に与えたヴィション、霊感、個人解釈を加えたい人もいます。これは危ないです。カルトを始め、教会の中の派閥を作るからです。人をイエス・キリストの救いの福音から導く事もあります。

しかし、神の御言葉だけに立つ一番良い理由とは、そこに純粋な福音があるからです。素晴らしい慰めや人生の為の神様の力があるからです。“恵みのみ、信仰のみ、キリストのみ”と同じようです。100%聖書に頼るからです:イエス・キリストの御言葉と約束と契約です。私達の人生の為に、聖霊の導きを与え、私達の人生の為に、神様の力を与えます。“聖書のみ、”ラテン語では、“Sola Scriptura”です。聖書だけによって生きると、世のすべての物が神の御言葉によって解釈されています。それで、私達は世の中で神様を探して見付けます。いや、それよりも、言葉と業によって、私達は神の愛をこの世に広げます。

我々、ここに立つ。それ以上の事は出来ない。神よ、助けたまえ。アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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