終末の備え

2022年8月7日
福音書の朗読 ルカ12:22~34

“終末の備え。” 何にが終わるでしょうか。どのように準備しますか。今日の福音書の日課で、終わるのはこの世です。私達の地上の人生が終わって、天国での永遠の命が始まります。

私達の人生の多くの時間は、ものを準備する為に使います。子供が学校に通って、将来の働きの為に、一般的な生き方の為に勉強して準備します。又、特別なものの為に準備します:宴会、遠足、休暇、台風などです。何かを買う為にや老後の為にお金を貯金します。食事の準備があります。仕事やスポーツの業を練習します。準備が出来るまでに、上安、心配、恐れがあります。失敗や天災や恥や怪我や死を恐れます。準備は必要で良いです、神様から与えられた仕事の一部です。そして、完全に準備が出来ていると、確信を持って楽しみにします。そして、成功になるでしょう。

イエス様が非難するのは、神様を信頼しない上信仰から来る恐れと上安です。教えて下さるのは、野原のユリや空のカラスのように生きる事です。自分を守る神様を信頼します。それでイエス様は言われました:

「12:28-32.今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。 まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。 あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。 それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。 ただ、神の国を求めなさい。 そうすれば、これらのものは加えて与えられる。  小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。《

“終末の備え”は、神の国の為に、即ち、天国と永遠の命の準備です。もし私達が神の国の準備が出来なければ、本当に、本当に心配すべきです。何故ならば、それは地獄、永遠の恥と苦しみへの恐れです。この上安は罪の結果です。神様よりも自分自身を信頼するからです。又、自分の祈りに確信がない事や神様の力と愛を疑う事です。毎日の事、例えば食事と仕事の準備がどんなに難しいか分かります。ですから、永遠の命と永遠の平和の為の準備がなおさらに難しいと分かるでしょう。天国に行く為に、自分が十分良い者になる事は上可能でしょう。完全な信仰を持つ事が上可能でしょう。滅びでしょう。

ものごとが上可能になったら、すべての心配と恐れをイエス様にゆだねましょう。準備されるのは、イエス様です。最後の晩餐の時、イエス様はこのように言われました:

ヨハネ14:1-3、「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい。私の父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたを私のもとに迎える。こうして、私のいる所に、あなたがたもいることになる。《

その準備が十字架上にいる時に出来ました。ルカ23:42-43、

隣の十字架に掛かっている泥棒は言いました、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、私を思い出してください《と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる《と言われた。

救いとは、私達がするものではありません。ですから、神様からの贈り物です。今日の福音書の日課で、イエス様はそれをこのように言われました:

32-34、「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。自分の持ち物を売り払って施しなさい。 擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。  あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。《

私達の心は安全に天国に預かっています。私達からその救いの宝を奪う事が出来るものがありません。ですから、人生の問題は、何であっても、キリスト者の心は安全です。勿論、毎日の事で私達は心配しつづけますので、主の祈りで言います、「日毎の糧を今日も与え給え《と。主を信頼します。必要なものを下さいますので、心配と恐れの誘惑から守ります。 このようにして、私達は空の鳥のように自由で、野原のユリのように美しい人生を送る事が出来ます。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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