キリストの憐れみ

2007年6月10日(聖霊降臨後第二主日)

列王()17:17−24

17:17 その後、この家の女主人である彼女の息子が病気にかかった。病状は非常に重く、ついに息を引き取った。17:18 彼女はエリヤに言った。「神の人よ、あなたはわたしにどんなかかわりがあるのでしょうか。あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのですか。」17:19 エリヤは、「あなたの息子をよこしなさい」と言って、彼女のふところから息子を受け取り、自分のいる階上の部屋に抱いて行って寝台に寝かせた。17:20 彼は主に向かって祈った。「主よ、わが神よ、あなたは、わたしが身を寄せているこのやもめにさえ災いをもたらし、その息子の命をお取りになるのですか。」17:21 彼は子供の上に三度身を重ねてから、また主に向かって祈った。「主よ、わが神よ、この子の命を元に返してください。」17:22 主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになった。子供は生き返った。17:23 エリヤは、その子を連れて家の階上の部屋から降りて来て、母親に渡し、「見なさい。あなたの息子は生きている」と言った。17:24 女はエリヤに言った。「今わたしは分かりました。あなたはまことに神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です。」

ルカ7:11−17

7:11 それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。7:12 イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。7:13 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。7:14 そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。7:15 すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。7:16 人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言った。7:17 イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。

一人の子供があるやもめがいました。その息子は重い病気で、ついに息を引き取りました。預言者エリヤは、その息子を取って、彼の上に三度身を重ねてから、主に向かって祈った。「主よ、わが神よ、この子の命を元に返してください。」主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになったので、子供は生き返ったのです。生きている息子を見て、 女はエリヤに言いました、「今わたしは分かりました。あなたはまことに神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です。」

一人の子供があるやもめが、もう一人いました。この子供も死にました。お葬式の行列は町から出て、墓地の方に進みましたが、そこにイエス様がやって来ました。彼らはイエス様が、お葬式の為に、慰めを与える説教をして下さると思ったかもしれません。イエス様が、神の愛、世の終わりの復活と永遠の命について話すでしょう。慰めと希望を与えるでしょう。イエス様はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われました。しかし、悲しむ事を止める事が出来ませんでした。イエス様はその母親を見て、棺にいる息子を見て、イエス様は、憐れみに満たされました。イエス様は、その母親の気持ち、その感情が分かりました。同情があったので、ご自分の心の中にも、同じ悲しみがありました。イエス様の目にも、涙がこぼれそうだったでしょう。そして、お葬式で決して話した事がない言葉を言われました。「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われました。すると、死人は起き上がってものを言い始めたのです。そして、すぐ、皆が話し始めました、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言いました。イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まったのです。

この福音書の日課で私達が見るのは、イエス様の復活の力です。又、どうしてイエス様がその力を現して下さったか、その理由をも見ます。即ち、この話しには、イエス様の憐れみの力があります。愛と憐れみがあるので、人が死ぬ時に、困っている時に、また幸せと喜びの時にさえも、私たちには希望と慰めがあります。

時に、人生は一つの大きなお葬式でしかないと感じる時があるでしょう。たとえ人が死なくても、だれかが死にかけているでしょう。時に死にかけているのは自分だと感じるかもしれません。ダビデの詩篇の表現は、「死の陰の谷を歩む」事です。この死の陰の谷は「試練」や「試み」をもさします。

このような時、イエス様は私達の所に来られます。イエス様は私達の涙と恐れを見ます。憐れみと同情で、私達の悲しみと痛みを感じます、そして、その痛みで、イエス様の目に涙が流れてくるでしょう。それは、ゲツセマネの園で流れた涙と同じです。良い友達ラザロが死んだ時と同じ涙です。やもめの息子が死んだ時と同じ涙です。

その母親がイエス様を追い出したらどうなるでしょうか。「私に話さないでください。私の子に手を触れないでください。」これは不信仰がさせる行いです。不信仰は、自分の人生の中にイエス様が入る事を許しません。不信仰は神様の慰めと希望を拒みます。不信仰は死と悪魔の力だけを信じます、何故ならば、死と悪魔しかこの世を支配していないように見えるからです。ですから、神様を信じる事はとても大切です。神様の全能の力だけではなくて、全能の愛と憐れみをも信じる事です。その全能の愛と憐れみを持って、イエス様はご自分の全能の力を捨てて、私達の罪を赦す為に十字架上で死にました。このようにして、死と悪魔の力を征服しました。

イエス様は、棺に近づいて手を触れられると、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われました。イエス様は私達の死と罪の所にも手を触れます。私達にも、「起きなさい」と言われます。この力によって私達は立ち上がる事が出来ます。これは、再び生まれる事です。これは、悔い改めて信じる事です。これで、私達は立ち上がって、人生において、イエス様に従って生きます。起き上がって、本当に生きる人生です。イエス・キリストによって生きているからです。この信仰によって、毎日洗礼の水からあがって、聖霊の力によって生きるのです。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会生ける

詩編30

30:1 【賛歌。神殿奉献の歌。ダビデの詩。】
30:2 主よ、あなたをあがめます。あなたは敵を喜ばせることなく/わたしを引き上げてくださいました。
30:3 わたしの神、主よ、叫び求めるわたしを/あなたは癒してくださいました。
30:4 主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ/墓穴に下ることを免れさせ/わたしに命を得させてくださいました。
30:5 主の慈しみに生きる人々よ/主に賛美の歌をうたい/聖なる御名を唱え、感謝をささげよ。
30:6 ひととき、お怒りになっても/命を得させることを御旨としてくださる。泣きながら夜を過ごす人にも/喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。
30:7 平穏なときには、申しました/「わたしはとこしえに揺らぐことがない」と。
30:8 主よ、あなたが御旨によって/砦の山に立たせてくださったからです。しかし、御顔を隠されると/わたしはたちまち恐怖に陥りました。
30:9 主よ、わたしはあなたを呼びます。主に憐れみを乞います。
30:10 わたしが死んで墓に下ることに/何の益があるでしょう。塵があなたに感謝をささげ/あなたのまことを告げ知らせるでしょうか。
30:11 主よ、耳を傾け、憐れんでください。主よ、わたしの助けとなってください。
30:12 あなたはわたしの嘆きを踊りに変え/粗布を脱がせ、喜びを帯としてくださいました。
30:13 わたしの魂があなたをほめ歌い/沈黙することのないようにしてくださいました。わたしの神、主よ/とこしえにあなたに感謝をささげます。