ヨセフと赦し、赦し、赦し…

2023年9月17日

創世記50:15*21、 マタイ18:21*35

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第1朗読 創世記 50:15~21 (旧92)

15ヨセフの兄弟たちは、父が死んでしまったので、ヨセフがことによると自分たちをまだ恨み、昔ヨセフにしたすべての悪に仕返しをするのではないかと思った。 16そこで、人を介してヨセフに言った。「お父さんは亡くなる前に、こう言っていました。 17『お前たちはヨセフにこう言いなさい。確かに、兄たちはお前に悪いことをしたが、どうか兄たちの咎と罪を赦してやってほしい。』お願いです。どうか、あなたの父の神に仕える僕たちの咎を赦してください。《 これを聞いて、ヨセフは涙を流した。 18やがて、兄たち自身もやって来て、ヨセフの前にひれ伏して、「このとおり、私どもはあなたの僕です《と言うと、 19ヨセフは兄たちに言った。 「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。 20あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。 21どうか恐れないでください。このわたしが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう。《ヨセフはこのように、兄たちを慰め、優しく語りかけた。

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福音書  マタイ 18:21~35 (新35) 21そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。《 22イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倊までも赦しなさい。 23そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。 24決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。 25しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。 26家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。 27その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。 28ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。 29仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。 30しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。 31仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。 32そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『上届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。 33わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』 34そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。 35あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。《

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ヨセフの物語に、彼の兄弟達が彼を奴隷として売ってしまいました。彼がエジプトへ連れて行かれました。彼には多くの苦しみがありましたが、最後に、ヨセフはエジプトの総理大臣のように成りました。エジプト全土にわたる大きな飢饉の時、ヨセフはエジプトを初め、自分の家族をも、その飢饉から救いまいした。お父さんのヤコブが生きている間、ヨセフの兄弟がまだ安全でした。しかしお父さんのヤコブが死んだ後、兄弟達は心配しました。ヨセフがこの時を使って、自分の権力を使って彼らに仕返しするかも知れないからです。それで、今日の美しい旧約聖書のものがたりです。悔い改めと赦しのお話です。そのすべての出来事の中に、神様の導きの手を見る事です。悔い改めと赦しが神様の救いのお祝いになります。しかし、ヨセフが兄弟達を赦す前に、彼らは悔い改めなければなりません。そのヨセフに対する罪のために、心から悲しんで、その罪の罰を受ける意思を表さなければなりません。彼らは、ヨセフを奴隷として売ったので、今度、ヨセフの前でひれ伏して、「このとおり、私どもはあなたの僕です《・「私どもはあなたの奴隷です《と言いました。ヨセフは彼らを赦して、その恐れを取ってしまって、彼らが奴隷ではなくて、家族であると確認しました。それは、赦しの働きです。愛の結びで人々を再び結びつけます:愛情、家族、友達です。 本当の赦しを得る為には、本当の悔い改めが必要です。そして今日の福音書は、本当の悔い改めのあるところには、人は本当の赦しへと導かれる事を教えます。

私達クリスチャンはあまりにも容易に他の人を赦しがちです。なぜなら他の人を愛したい、本当の交わりを持ちたい、他の人との平和がほしいと思うからです。しかし、その人が全然悔い改めなければ、ただの一方的な片思いのような愛です。健康的な人間関係の為に、お互いの愛と尊敬が必要です。男女の愛の場合もそうですし、他の人との友情のためにも必要です。国と国の間の世界平和の為にも、この同じ愛と尊敬が必要です。これは一個人から始まり全体へと、このお互いの愛と尊敬と悔い改めの広がりが必要です。

イエス様は例え話を語りました。2人には負債がありました。一人目には一万タラントンの借金でした。それは小さな国の財産に相当します。大きな銀行が倒産する時のようなものでした。二人目は、百デナリオンの借金でした。それは、50万円のクレジットカードの残額のようです。最初、二人とも真面目に心から悔い改めたみたいですが、最初の人は後悔(こうかい)するふりをしたにすぎません。それは彼がその二人目の人の借金を赦そうと思わなかったからです。

例え話の中の王様がだまされました。大きな借金を持っていた人の悔い改めを本物だと思いました。私達も簡単にだまされる事があります。イエス様は弟子達に注意しました、マタイ10:16、「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直(すなお)になりなさい。《正直(しょうじき)でない人によって、クリスチャンがよくだまされて、利用されています。私達のあるものには、あまり賢くない人がいますし、ただ馬鹿でものを信じやすい者もいます。人の罪を見ないふりをする事は赦しではありません。罪人と直接、話をしない方が簡単でしょうが、本当の悔い改めがなければ、悪い振る前を変える本当の意思がなければ、どんな赦しの言葉があっても、罪によって生まれた溝を埋める事が出来ません。ただ罪人に見くびられるだけでしょう。

しかし同時に、私達には硬い心があってはなりません。「すみません《、「ごめんなさい《と言う人を赦さなければなりません。7回までだけではなくて、数えきれないほどです。

これらの全部は私達に対するイエス様の赦しに基づいています。十字架の意味とは、イエス様がご自分の上に私達の借金を取って下さいました。私達の為に苦しみを受けて死んで下さいました。今日の例え話の言葉を借りて、(34節参考)、『借金をすっかり返済するまでと、神様はイエス様を牢役人に引き渡した』のです。ご自分の命の血で返済(へんさい)しました。それで、罪の負債が払われて、イエス様が死から自由にされました。3日目に甦られました。それは赦しです。それは救いです。それは、神様との永遠の交わりです。

この例え話の中には警告もあります。仲間の僕の借金を赦さなかった最初の僕が再び王様の前に連れられました。牢屋(ろうや)に投げ込まれました。イエス様は言われました。「あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。《主の祈りの古い翻訳です。口語訳聖書:「マタイ6:12 わたしたちに負債(ふさい)のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。《イエス様が私達を恐ろしがらせようと思っていないだろうと私は思います。ただ、私達が良いクリスチャンとして人生を送る事を願っておられるでしょう。クリスチャンがキリストと同じです。キリストが赦すので、キリスト信者も赦します。旧約聖書のヨセフのように、私達が自分の人生の中で、神様の導きと神様の知恵を見ます。私達がいろいろの奴隷状態のようなものから自由にされたので、その自由で他の人を赦して、その人に自由を与えることが出来ます。これは私達の人生の中での聖霊の働きです。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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Michael Nearhood, Pastor
Okinawa Lutheran Church


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