悪霊を追い出す

2007年1月28日
顕現説第4主日

ルカ4:31−44

ルカ4:31 イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。32 人々はその教えに非常に驚いた。その言葉には権威があったからである。

33 ところが会堂に、汚れた悪霊に取りつかれた男がいて、大声で叫んだ。34 「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」35 イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。36 人々は皆驚いて、互いに言った。「この言葉はいったい何だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じると、出て行くとは。」37 こうして、イエスのうわさは、辺り一帯に広まった。

38 イエスは会堂を立ち去り、シモンの家にお入りになった。シモンのしゅうとめが高い熱に苦しんでいたので、人々は彼女のことをイエスに頼んだ。39 イエスが枕もとに立って熱を叱りつけられると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした。

40 日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。41 悪霊もわめき立て、「お前は神の子だ」と言いながら、多くの人々から出て行った。イエスは悪霊を戒めて、ものを言うことをお許しにならなかった。悪霊は、イエスをメシアだと知っていたからである。42 朝になると、イエスは人里離れた所へ出て行かれた。群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた。43 しかし、イエスは言われた。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」44 そして、ユダヤの諸会堂に行って宣教された。

先週の日曜日の英語の大人の聖書クラスで、使徒言行録16章のフィリピと言う町での聖パウロの活動を読みました。その町には、占いの霊に取りつかれている女奴隷がいました。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていたのです。しかし、そのような霊は、聖霊から来た訳ではなくて、悪魔から来たものです。しかし、それなのに、この悪霊は聖パウロとその仲間を知っていました。彼女は、毎日、パウロたちの後ろについて来てこう叫びました、「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」と(16:17)。しかし、パウロにとっては、うるさいでした。パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言いました、「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行きました。話しを続けますと、この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、役人に引き渡すために広場へ引き立てて行ったのです。彼らは牢に投げ込まれました。真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いたのです。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまいました。看守は囚人が皆逃げてしまったと思い自殺しようとしましたが、パウロに助けられました。看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けました。しかし、聖書研究会では、どうしてパウロはその悪霊に取りつかれた女の人を癒したかについてよく話しました。彼女は、パウロの為に良いPRをしたじゃないかと議論しました。彼女は町の人達に、「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです」と言っていたからです。彼女を癒したら、そのただのPRがないでしょう。どうして聖パウロはそのPRが嫌いでしょうか。彼女は真実を言ったでしょう。しかし、パウロは彼女がうるさいと思いました。どうしてでしょうか。

今日の福音書には、イエス様は聖パウロと同じように思ったみたいです。イエス様も悪霊に取りつかれた人がうるさいと思ったみたいです。「黙れ」と言われました。ルカ4:33を聞いてください。「会堂に、汚れた悪霊に取りつかれた男がいて、大声で叫んだ。「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。」

又、41節で、別の多くの悪霊もいました、「悪霊もわめき立て、「お前は神の子だ」と言いながら、多くの人々から出て行った。イエスは悪霊を戒めて、ものを言うことをお許しにならなかった。悪霊は、イエスをメシアだと知っていたからである。」

どうしてイエス様は彼らが話す事を許さなかったでしょうか。彼らも真実を言ったでしょう。イエス様はその事を述べ伝えたいと思ったのではありませんか。

2つの理由を提案したいと思います。まず、悪魔はうそつきだからです。サタンについてイエス様はヨハネ8:44でこのように言われました、悪魔は「偽り者であり、その父だからである。」ですから、悪魔が真実を言いましたら、それは、人が正しくないものを信じるように導きます。悪魔が真実を言いましたら、それは、人をだましたり、人に害を加えたりする為だけの理由でします。古いことわざがあります。「悪魔が真実を言うよりも、クリスチャンがうそを言う方が良い」と。例えば、悪魔が本当に「お前はみにくい」と言ったら、それはその人をいじめるため、又、その人を悲しめる為だけにします。キリスト信者は愛を持って、「あなたは神様の目に美しいよ」と言って、その人を支えるため、神様の愛を感じさせるために言います。今日の福音書で悪魔は、イエス様が本当にどなたであるかが分かりました。しかし、声が大きくて、うるさくて、福音のメッセージの邪魔をしました。又、悪魔は信頼できない証人であるので、皆が彼らの言葉がうそだと思います。

同じような課題ですが、キリスト信者達が、言葉によっても生活ぶりでもよい証をしなければなりません。もし誰かが偽善者でしたら、誰もその人を信じたくありません。たとえ彼らの言葉が正しくても、信じたくありません。福音の伝道のもっともひどい事の一つとは、教会の指導者がスキャンダルを巻き起こすときです。牧師や神父や教会の役員がスキャンダルに巻きこまれますと、教会の全部のメッセージが疑われていますし、侮辱されていますし、否定されてしまいます。例えば、教会の会計さんが教会の献金のお金を盗みましたら、教会が正直について話すときや神様を信頼する事について話す時、誰が教会の話を信じるでしょうか。また、牧師や神父が犯罪を犯しますと、道徳と倫理と愛についての教会の教えを誰が信じるでしょうか。キリスト信者だれでもが罪を犯しましたら、その恥が全教会に感じられています、ただ一つの教会や一つの教団だけではなくて、全てのキリスト教会が悲しみます。犯罪人の証を信じる人がいません。福音が罪人によって話されました、誰も信じないでしょう、 ―― しかし、イエス様によって赦された、購いだされた、救われた罪人の証には耳を傾けます。それが私達の希望です。なぜなら私たち全てが罪人であるからです。私達は神様の赦しと愛を知っているので、心から福音を語ります。

イエス様が悪魔どもに、ご自分について話す事を赦さなかった、もう一つの理由があるでしょう。それは、汚れた霊は、荒れ野でのサタンの誘惑の続きだからです。もし悪霊はイエス様の事を述べ伝えましたら、イエス様はもう福音を語らなくても良いでしょう。しかし、もし悪霊はイエス様の事を語りましたら、人々はイエス様が悪魔の仲間だと思うでしょう。もし悪霊がイエス様を手伝って福音を述べ伝えましたら、イエス様は十字架上で死ななくても良かったのです。ですから、悪霊が福音を語ったら、イエス様がその十字架での苦しみと死から逃げる誘惑になります。私達のための救いのご計画を捨てる誘惑でした。イエス様にとって悪魔を礼拝して、それによってこの世を手に入れるという誘惑でした。

しかし、イエス様は福音を述べ伝える為に来られました。「捕らわれている人に解放を」告げる為に来られました。それで、悪魔に圧迫された人々に自由を与え始めました、又、病気と心配から人々に自由を与えました。そして、十字架上でその働きを続きまして、罪と悪魔の支配から私達に自由を下さいました。それは、イエス様が述べ伝えて下さった、神様のみ国についての良い知らせでした。

アーメン。

マイケル・ニアフッド牧師
沖縄ルーテル教会

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