ロバに乗って来られるキリスト:ホサナ!

2012年11月2日
アドヴェント第一主日
ルカ19:37−38

クリスマスの芸術は多いです。そのアートはクリスマスの物語を教えて、救いの福音を述べ伝えます。ストーリの意味を告げる為に、アートはよくシンボルを利用します。そのシンボルは、もっと深い意味を表して、私達の心の中に信仰を起こします。今日、二つの例をあげます。

一つ目は星です。博士達は星を見ました。彼等の解釈は、イスラエルに偉大なる人が生まれた事です。それで、博士達は生まれた王様を拝みに行きました。彼等の3つの貢(みつ)げものは、イエス様がどなたであるかを教えます。王様の為の黄金、祭司の為のにゅうこう、そして苦しむ預言者の為のもつやくです。星に戻ります。多くの宗教画には、そのベツレヘムの星は特別な形をしています。普通の五画の星☆よりも、四角の星で、その下のとんがりは長いです。それで十字架のような形で、栄光の十字架のようです。そして、その下のポイントは、イエス様が寝かされた場所に博士達を導きます。この芸術の中で、私達は博士達の行く所を見ます。ただの赤ちゃんではなくて、私達の罪を赦す為に死ぬメシアのもとに導きます。この十字架の形の星の中に、私達は救いの福音を見ます。キリストの誕生の意味を見ます。キリストが死ななければ救いがありません。私達の罪が引き起こす苦しみの答えがなければ、救いがありません。これはキリストの聖降誕の意味です。

何年も前から、この十字架の形の星が面白いと思いました。

先週、初めてクリスチャンの芸術の中で、もう一つのシンボルを見ました。それも主の苦しみと死を表します。そのしるしとはロバです。

多くのクリスマスの絵や劇の中で、マリアはロバに乗ります。マリアとヨセフはベツレヘムに向かって旅をします。そこでイエス様が生まれます。後で、エジプトに逃げる時にも、マリアは赤ちゃんイエス様を腕の中で抱いて、ロバに乗ります。聖書のクリスマスの物語の中にロバは出てきません。クリスチャンの絵を書く人やクリスチャンの劇を作る人は、マリアを大事にします。ナザレの町からベツレヘムの町までは、100キロメータ以上です。妊娠している女の人がそこまで歩くのは大変でしょう。その上、芸術者はいつも、私達の主の母マリアに特別の尊敬を表します。それで、ダビデ王の町ベツレヘムまで、マリアによって、イエス様もそのロバに乗ります。クリスマスの喜びの中で、ベツレヘムへ旅する聖家族の絵が淋しいと思います。

イエス様はもう一頭のロバに乗りました。それは、エルサレムに入場した時のしゅろの日曜日でした。生まれる為ではなくて、死ぬ為に行かれました。聖金曜日に十字架につけられました。『ホサナ』と言う叫びは『十字架につけよ』と言う叫びになりました。しゅろの日曜日に、クリスマスのひびきがあります。天使の軍勢のコーラスは群衆の喜びの叫びになります。

ルカ2:13−14『2:13 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。2:14 「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」』

ルカ19:37−38『19:37 イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。19:38 「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」』

両方は平和と栄光について歌います。イエス様がベツレヘムで生まれる理由とは、エルサレムで死ぬ為です。本当の平和と栄光をもたらす為に生まれ、死にました。このしゅろの日曜日の福音書の日課は、アドベントの第一の主日の為にふさわしいです。クリスマスは、赤ちゃんとプレゼントとサンタさんだけではありません。クリスマスは私達の罪と救いの必要について語ります。

私はクリスチャンのアートが大好きです。「一枚の絵は千の言葉に価します。」クリスチャンのアートは、救いの福音を述べ伝える説教です。このアドヴェントの節、目をさまして救いの福音を見ましょう!

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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