神殿を清める

2018年3月4日   受難節第3主日B 



ヨハネ2:13―22
13 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。14 そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。15 イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、16 鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。《17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす《と書いてあるのを思い出した。18 ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか《と言った。19 イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。《20 それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか《と言った。21 イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。22 イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

今日の説教のアウトラインは簡単です:4つの神殿、問題、それに対する行動、そしてそれに対する反応です。

神殿とは、 神様が住んでいる所です。神様の住まいです。エルサレムの神殿があります。イエス様が神であるので、彼御自身が神殿です。聖霊は私達の心の中に住んでいるので、私達一人一人が神殿です。そして、神様が御言葉と聖礼典によってこの教会の中にいますので、今日私達は神様の神殿の中にいます。

エルサレムの神殿の問題とは、神殿の境内[ケイダイ]が忙しくてうるさいので、人々は祈ったり礼拝したりする事が出来ませんでした。イエス様の行動は予言者のようなしるしでした。イエス様が私達の罪を赦す為に死んで甦ったので、犠牲の為にその牛や羊や鳩はもう必要がありませんでした。又イエス様が私達の贖いとして払ったのは、金や銀でではなくて、御自分の尊い血によってでしたので、その両替人[りょうがえにん]ももう要りません。イエス様は鞭を作り彼らを神殿から追い出しました。ユダヤ人達の反応はすぐでした。イエス様の権威を聞きました。彼が見たい奇跡のしるしが御自分の死と復活であるとイエス様は言われました。後で弟子達はそれを見て信じました。しかしユダヤ人はイエス様を信じようと思いませんでしたので、イエス様の体を壊す事によって神殿を清める計画を立てました。

次の神殿とはイエス様です。(コロサイ 1:19, “神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ。”) この神殿に有る問題とは、この神殿にも清めの必要があった事です。何故ならば、イエス様は御自分の上に世の罪を取ったからです。この清めはイエス様の苦しみでした。鞭打たれました。棒で打たれました。十字架にかかりました。ユダヤ人は彼を侮辱し、弟子達は悲しみまして、私達はイエス様を拝みます。私達の為に死んで下さった素晴らしい愛を見るからです。しかし、その死によって、神の子羊として、世の罪を除きました。そして、三日目に、清められて聖なる者として復活しました。ですから私達は彼を拝みます。

次の神殿とは私達の心です。(第一ペテロ2:5 “あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。”) 問題は、私達は罪を犯す事です。私達の心も魂も思いも生活も清めが必要です。そしてイエス様と聖霊がやって来ますが、十戒や神の律法である鞭を持って来ます。そして私達の反応とは、それに抵抗する事です。ホーキを隠せ!石けんを隠せ!自分で自分を変える事が難しいです。ですから毎日の生き方は、私達を清める洗礼の水によってです。ですから、罪の赦しを与える聖餐式を受ける時、素晴らしい安心と力を受けます。その時イエス様の体と血が私達に入ります。私達は本当に神様の神殿です!

四つ目の神殿は私達の教会です。御言葉と聖礼典に於いて、三位一体の神様がここに生きています。私達はエルサレムの神殿と違います。時々私達の礼拝の中に、礼拝を乱す、泣いている赤ちゃんやうるさい子供がいるでしょうが、邪魔にならないようにフリーマーケットやオクトバーフェストを土曜日にします。静かな憩いの礼拝の所にする為に、ステイングラス窓や祭壇の蝋燭や奇麗な音楽がありあす。多分一番大きな、さわがしいものとは、私達自身でしょう。イエス様のように、ここに来る私達にも、「主の家を思う熱意」があるからです。ですから私はこの教会が大好きです、ここにいる『熱意』がある人が大好きだからです。私達に問題を起こす人は、もしかしたら、イエス様の鞭を振るっているかも知らないので、けんそんをもって、悔い改めと赦しの清めの為に祈ります。神様の赦しも皆さんの赦しも必要です。ですから、この教会の為に希望があります。今日、イエス様の為の働きを計画する教会の総会を開きます。どうか、聖霊が私達に導きと力を与えますように。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


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