神さまにつながれている聖徒達

2023年11月5日 全聖徒の主日
黙示録7:9~17

今日は、教会のカレンダーで、全聖徒の主日です。先ず、この教会の聖日について話しましょう。キリスト教会の歴史の中には、覚えていて、そんけいすべき人が多いです。その人たちを「聖徒《や「聖人《と呼びます。有る者はイエス様の弟子達、聖ペトロや聖ヨハネのようです。ある人は教会の指導者で、ある人は普通の信徒でした。信仰を告白する者、信仰を教える者、チャりティや慈善をする人や信仰の為の殉教者もいます。私達はその人々を、自分のキリスト信者としての人生の模範として見ます。誰も知らない聖徒がいますし、ある人は有吊です、例えば、聖フランシスコ、聖パトリック、聖バレンタイン、聖ニコラス。昔の祈りの本は、その聖徒を覚えて記念する為に、祈りのカレンダーに毎日一人ずつ載せました。例えば、聖ペトロは6月29日で、聖ヨハネは12月27日で、聖バレンタインは2月14日で、聖パトリックは3月17日です。聖徒の数が365人以上ですので、全聖徒の日に、有吊でもない人も記念します。時代によって場所によって、この祭りの日日が変わりましたが、現代の西方キリスト教会では、11月1日にします。ところで、英語で、[聖徒]とは「セイント《と言います。昔の英語は聖徒を「ハロース《と言いました。それで、全ハロースの日の前夜は「ハロースのイビニング《即ち、「ハローズウィン《です。

最近の多くの教会は、古い聖徒だけではなくて、新しい聖徒をも覚えます、即ち、自分の親達や祖父や祖母や友達です。私のお爺さんは聖徒だったでしょうか。では、聖徒とは何ですか。聖徒が聖なる人で、純粋、清い、罪がない人のように考えます。神様の場合には、それが正しいです。聖なる神、聖霊です。「聖なる聖なる聖なる《と歌います。神様に属しているものが聖です。神様の本は聖書です。神様に属している人も聖です。ですからイエス様の弟子を「聖ペトロ《と言います。しかし、聖ペトロは完全に清い、きれいで罪のない者だったでしょうか。ペトロは罪人でした。自分の悪い点があり、誤りがあり、イエス様を否定しましたが、十字架上で罪を赦す為に死んだイエス様によって彼の罪が赦されて、彼は聖なるものになりました。すべての聖徒達も同じです。人間で、問題と苦しみや誘惑と罪がありました。若い時、よく遊んでも、神に喜ばしい人生を送りたいと思いました。それで、イエス様の山上の説教によって活きたいと思いました。やさしく哀れみ深くなるように、正しい事の為に飢え乾きました、心が清いように、平和を作りたいと思って、神様に忠実になりたいと思いました。それで、私達のもはんになります。

私のおじいさんが聖徒だったでしょうか。罪がない者ではなかったのですが、その罪が赦されています。イエス・キリストを信じる信仰によって、彼は聖なる神に属していたので、清くなって、聖徒でした。今日、彼のような人を覚えて記念します。

私は聖徒でしょうか。あなたは聖徒でしょうか。私達は罪がない者ではありません。しかし、イエス・キリストを信じる信仰によって聖なる神に属していましたら、私達も聖なる聖徒になります。

礼拝の聖餐式の時に、この言葉があります。「聖徒たちと共に、栄光の冠にあずかることができます。今、地にあるすべての教会は、あなたのみ吊をあがめ、永遠の讃美を天にある天使の軍勢と共に声を合わせて歌います。《と言うのは、私達の教会が人数が少なくても、天国の軍勢と共に礼拝と賛美をします。私達は独りではありません。昔の聖徒と新しい聖徒と共に礼拝します。私達の愛するものと共にいます。

最後に、全聖徒の主日が愛されているのは、特別な慰めと希望を与えるからです。自分の問題と苦しみがある時、私達が独りではないからです。神様は昔の聖徒と共にいましたと同じように、神様は私達と共にいます。詩篇23篇の言葉を借りて、死の陰の谷を行く時も、イエス様が私達と共にいます。自分がその谷の中で死ぬかもしれませんが、その時でも、イエス様が一緒にいますので、最悪を恐れません。回りに敵ばかりでしても、杯をあふれさせて下さいます。昔の聖徒と共にいましたので、私達と共にもいます。永遠に神とつながれています。クリスマスの話は、ご自分と人々とをつなぐために、救うために、イエス・キリストがこの世に来られました。彼の十字架と復活は神の愛とあわれみを述べ伝えます。それで、私達の信仰と信頼と希望と慰めが強くなります。

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師
沖縄ルーテル教会


説教のリスト

Michael Nearhood, Pastor
Okinawa Lutheran Church


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