1.詩編作者は敵によって昼も夜も涙を糧としていた
@人は愛されなければ生きていけない
愛は人を生かす。愛されると生き生きと生きていける
愛されなければ、生き生きと生きていくことはできない
誰からも愛されずに生きていくことは不可能
A敵は人を愛することをせず逆に滅ぼそうとする
敵は人を愛することをしないで滅ぼそうとしてくる
敵から受け取るのは愛の逆。私の存在を否定してくる
敵は私を愛さない=敵は私を生かさない=私を滅ぼす
B敵対する者によってなぜ昼も夜も糧が涙ばかりなのか
敵の言葉によって精神的に殺されていたから
敵の言葉の先に死があるから=「おまえなどいなくなれ」
2.敵は神の愛を疑わせ絶望へと追い込んできていた
@「お前の神はどこにいる」と敵は攻撃していた
敵「おまえは神に愛されているはずではないのか?」
それなのにこんな状態だ!愛されていないのでは?
敵は神の愛に対する疑問を投げかけてくる
A神に愛されていないと思わせれば絶望させ滅ぼせる
敵は滅ぼそうとしてやってくる。これ以上生かしたくない
そのために本人が「生きよう」と思わないようにさせる
「神に愛されている」という思いを奪おうとしてくる
B敵の「神に愛されてなどいない」という偽りに騙されるな
神に言おう「なぜわたしをお忘れになったのか。
なぜわたしは敵に虐げられ嘆きつつ歩くのか」(42:10)
神の愛が感じられない時こそ神に祈れ!
3.涙からの回復
@敵からの攻撃の真っただ中で神を待ち望み信頼する
なぜうなだれるのか、わたしの魂よなぜ呻くのか。
神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう
「御顔こそ、わたしの救い」と。(詩編42:6)
A神をせつに飢え渇いて求める所に真の回復がある
涸れた谷に鹿が水を求めるように神よ、わたしの魂は
あなたを求める。(詩編42:2)←これこそが回復の方法
B神は必ず正しく裁き敵の手から解放し涙をぬぐわれる
敵は私を憎み滅ぼそうとするが神は私を愛し生かす
どんなにひどく攻撃されても神が正しく裁かれる(43:1)
むすび.神によって悲しみの涙は確実に取り除かれる
神は私を忘れることなどなく確かに助け最善に導く